桃核承気湯の効果、適応症
桃核承気湯（とうかくじょうきとう）は、漢方の古典に由来する処方で、血の巡りを改善しつつ熱を冷まし、便通を促す作用を持ちます。比較的体力があり、顔や上半身のほてり（のぼせ）があって便秘しがちな体質の方によく用いられます。具体的な適応症としては、月経不順・月経困難症（生理痛）などの婦人科系の症状、月経前や産後の精神不安、下腹部痛や腰痛、便秘、高血圧に伴う頭痛・めまい・肩こり、痔（いぼ痔）、打撲などが挙げられます。血行不良（瘀血〈おけつ〉）が関与する幅広い不調に対して、体内の滞った「血（けつ）」と「熱」を取り除くことで症状の改善を図る漢方薬です。
なお、桃核承気湯の「桃核」とは桃の種（桃仁）のこと、「承気湯」とは「気を巡らせる湯」という意味です。処方名が示す通り、桃の種の生薬を用いて気血の巡りを整え、滞ったものを排出させる効果があります。
よくある疾患への効果
桃核承気湯は以下のような日常的によく見られる疾患・症状に対して用いられ、その症状緩和に役立つ場合があります。
- 月経不順・月経困難症（生理痛）：月経時の下腹部痛や経血の塊（血行不良によるもの）を改善し、生理周期を整える目的で使われます。瘀血を取り除いて血流を良くすることで、生理痛の軽減や月経不順の改善が期待できます。比較的体格がしっかりして便秘傾向のある月経困難症の方に処方され、下腹部の張りやイライラ、のぼせなど「血の道症」と呼ばれる症状にも対応します。
- 産後の体調不良・精神不安：出産後に残った瘀血（悪露の停滞など）が原因で起こる下腹部の痛みや精神不安（いわゆるマタニティーブルーズ）に対して効果が期待できます。桃核承気湯は血の滞りと熱を取るので、産後のイライラや落ち込み、腹部の違和感などを和らげ、子宮の回復を助ける目的で用いられることがあります。ただし体力があり便秘がちの産後の方に適しており、体力の弱い方には別の処方が選ばれます。
- 更年期障害の一部症状：更年期の女性で、のぼせやほてりが強く便秘しがちなタイプの場合、ホルモン変動に伴うイライラや下腹部の違和感に桃核承気湯が用いられることがあります。他の更年期の漢方（例：加味逍遥散など）が効きにくく、瘀血の兆候（肩こりや顔の紅潮、月経不順の既往など）がある場合に、血行を促して症状を緩和します。
- 便秘を伴う高血圧症状：更年期以降の方や肥満傾向のある方で、血圧が高めで肩こり・頭重感・めまいなどがあり、便秘も見られるようなケースでは、桃核承気湯が体内の鬱血を除きつつ便通をつけることでこれらの付随症状を和らげることがあります。特に上半身の熱感や頭部の充血感を訴えるようなタイプに適します。
- 痔疾（痔核）：便秘がちで痔に悩む方にも用いられることがあります。便秘により肛門周囲の血流が滞ると痔が悪化しやすくなりますが、本処方は便通を促し骨盤内の鬱血を除くことで、いぼ痔の腫れや痛みを軽減するのに役立つとされています。ただし出血の程度や体質によって他の処方が選ばれる場合もあります。
- その他の疾患：古くから伝えられる適応には腸閉塞（イレウス）傾向や急性大腸炎などもあります。腸に熱と瘀血がこもって起きる激しい腹痛や便秘の初期に、腸の通過を良くする目的で用いられた記録があります。また、子宮内膜炎など骨盤内の炎症による痛み、血の道症（女性ホルモンの変動に伴う諸症状）、さらには湿疹・ニキビといった皮膚の炎症で赤みが強い場合に応用されるケースもあります。
ただし、これらは専門的な判断のもとで用いるものであり、すべての患者さんに汎用されるわけではありません。症状や体質により処方選択は異なります。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
桃核承気湯と同じように婦人科系の症状や瘀血の改善に使われる漢方薬はいくつかあり、患者さんの体質や症状に応じて使い分けられます。代表的な処方を紹介し、その違いを説明します。
桂枝茯苓丸(25)との使い分け
桂枝茯苓丸（けいしぶくりょうがん）は、桃核承気湯と同じく下腹部の瘀血を改善する代表的な漢方薬です。月経不順や子宮筋腫、更年期障害など幅広く用いられますが、体力中等度であまり便秘が強くない人に適します。桃核承気湯が大黄・芒硝を含み強力に便通を促すのに対し、桂枝茯苓丸にはこれら下剤成分が含まれません。そのため便秘傾向がそれほど顕著でない場合や、体力が中くらいで比較的穏やかに瘀血を取りたい場合に桂枝茯苓丸が選択されます。また、桂枝茯苓丸は冷え性で下腹部にしこりがあるようなタイプにも使われ、桃核承気湯よりマイルドに血の巡りを良くします。
両者とも婦人科疾患（生理痛や子宮内膜症など）に使われますが、桃核承気湯は実証（体力が充実し症状が激しい）向け、桂枝茯苓丸は中間証向けと覚えるとよいでしょう。
当帰芍薬散(23)との使い分け
当帰芍薬散（とうきしゃくやくさん）は、六君子湯などと並んで女性に頻用される処方ですが、その特徴は貧血気味で冷え性、疲れやすい虚弱な体質の方に適することです。月経不順や不妊症、むくみや冷え性の改善によく使われ、「妊娠しやすい身体作り」の漢方としても知られます。桃核承気湯と比べると作用は穏やかで、むしろ血を補いながら巡らせる処方です。当帰芍薬散には大黄や芒硝のような下剤は含まれず、桃仁（桃の種）も入っていません。その代わり、当帰や川芎などの補血・駆瘀血薬が含まれ、血液量を増やしつつ滞りを改善します。
したがって体力が無く冷えが強い方の月経痛や頭痛には当帰芍薬散を、体力があり熱っぽく便秘する月経痛には桃核承気湯を使う、といった使い分けになります。また妊娠中や産後の貧血ケアには当帰芍薬散が向きますが、瘀血による強い痛みには桃核承気湯が検討されます。
加味逍遥散(24)との使い分け
加味逍遥散（かみしょうようさん）は、特にストレスや自律神経の乱れが関与する女性の不調に用いられる漢方薬です。神経質で疲れやすく、のぼせと冷えの両方があるような更年期女性やPMS（月経前症候群）の方によく処方されます。焦燥感やイライラ、不安感など精神神経症状の改善に優れ、「漢方の精神安定剤」とも称されます。桃核承気湯との違いは、加味逍遥散には柴胡や当帰、甘草などが含まれ、肝鬱（ストレス）を解消し血を補う作用が主体である点です。瘀血を直接強力に除く処方ではないため、下腹部の充血感や便秘がそれほど強くない場合に適します。
一方、明らかな瘀血の所見（経血に塊が多い、生理痛で鎮痛剤が効かないほど痛む等）がある場合には、加味逍遥散より桃核承気湯や桂枝茯苓丸といった駆瘀血剤が選ばれます。実際の臨床でも、更年期の患者さんで加味逍遥散を服用中に子宮内膜症やチョコレート嚢胞（卵巣嚢腫）が見つかるケースでは、瘀血を散らす桃核承気湯に切り替えて症状改善を図ることがあります。精神症状が主体なら加味逍遥散、瘀血による疼痛が主体なら桃核承気湯というように、症状の出方で使い分けられます。
大黄牡丹皮湯(33)との使い分け
大黄牡丹皮湯（だいおうぼたんぴとう）は、桃核承気湯と同じく大黄を含む下法（げほう：下剤による排泄）を用いた処方ですが、適応となる症状はやや異なります。大黄牡丹皮湯は下腹部の炎症や化膿を伴うような症状、例えば「盲腸炎（虫垂炎）の初期」「骨盤内の膿瘍」などに古くから使われてきました。組成には桃仁の代わりに牡丹皮（ぼたんぴ：牡丹の根皮）が含まれ、清熱作用とともに膿を持った瘀血を散らすことを重視しています。下腹部の激しい圧痛や腫れ（炎症）があるケースでは、大黄牡丹皮湯が選ばれることがあります。
一方、桃核承気湯は牡丹皮を含まず桃仁を使うことでより新しい瘀血（血の滞り）に対応するとされ、例えば月経に関連した腹痛や精神症状、比較的最近できた瘀血に適します。臨床では、急性期の炎症を抑えるには大黄牡丹皮湯、慢性的な瘀血の解消には桃核承気湯というように症状の性質と経過に応じて使い分けることがあります。
以上のように、桃核承気湯と似た症状に用いられる漢方薬でも、含まれる生薬や患者さんの体質によって処方選択は異なります。専門家は「証（しょう）」と呼ばれるその人固有の状態を見極めて、最適な処方を選んでいます。
副作用や証が合わない場合の症状
漢方薬にも現代薬と同様に副作用があります。桃核承気湯は比較的作用の強い処方なので、体質に合わない場合や飲み方によって以下のような副作用・不調が現れることがあります。
- 消化器症状：大黄や芒硝の下剤作用が強いため、もともと下痢傾向の方が服用すると下痢が悪化したり、腹痛・腹部不快感を生じることがあります。また胃腸が弱い人では、食欲不振や胃もたれ、吐き気などが起こる場合があります。こうした症状が出た場合は減量または中止し、医師に相談してください。
- 体力低下・だるさ：虚弱な方や高齢者には、桃核承気湯のような瀉下作用のある薬は負担になることがあります。証に合わない（実際には瘀血がそれほどない）のに無理に服用すると、必要な気血まで消耗してしまい、だるさや疲労感が増すことも考えられます。もし服用後に極端な倦怠感や脱力感が出る場合は、その人に処方が合っていない可能性があります。
- 偽アルドステロン症（重大な副作用）：桃核承気湯には甘草（かんぞう）が含まれており、これに含まれるグリチルリチンによって偽アルドステロン症が起こることがあります。これは体内の電解質バランス異常により低カリウム血症、血圧上昇、むくみ、体重増加などを来す副作用です。重症化すると筋力低下や脱力（低カリウム性ミオパシー）、不整脈などを引き起こすことがあるため注意が必要です。長期連用する場合や高齢の方では血液検査でカリウム値をモニタリングすることが望ましいでしょう。
偽アルドステロン症は比較的まれですが、もし手足の力が抜ける、こむら返りが起こる、著しいむくみや血圧上昇などの症状が現れた際は、直ちに服用を中止し医療機関を受診してください。
- その他の副作用：上記以外に発疹・発赤、かゆみ等の過敏症（アレルギー）症状が出ることがあります。また甘草の影響で低カリウム血症による筋肉痛や脱力が現れるケースも報告されています。いずれも頻度は高くありませんが、体調に異変を感じたら自己判断で続けず専門家に相談しましょう。
※なお、桃核承気湯は妊娠中の服用は禁止されています。大黄や桃仁は子宮を収縮させるおそれがあり、流産・早産の危険性が指摘されています。また授乳中の方も注意が必要です（大黄中の成分が母乳を通じて乳児の下痢を誘発する可能性があります）。妊娠中・授乳中は基本的に使用しないのが原則です。
併用禁忌・併用注意な薬剤
桃核承気湯を服用する際、他の薬との相互作用にも注意が必要です。特に以下のような場合は医師・薬剤師に相談してください。
- グリチルリチン製剤との併用：グリチルリチン酸を含む薬剤（例：甘草エキス製剤、グリチルリチン注射剤〔強力ネオミノファーゲンシーなど〕、甘草含有の他の漢方薬や感冒薬など）を桃核承気湯と一緒に服用すると、偽アルドステロン症のリスクが高まります。併用は原則避けるか慎重投与とされており、やむを得ず使う場合でも血中カリウム値や血圧の経過に十分注意が必要です。
- 他の下剤との併用：緩下剤（マグネシウム系の下剤など）や刺激性下剤をすでに使用中の場合、桃核承気湯と併用すると下痢や腹痛が増強される恐れがあります。また、同じ大黄を含む漢方薬（例：防風通聖散(62)や大黄甘草湯(84)など）との併用も注意が必要です。大黄の作用が重複して強く現れ、激しい腹痛や下痢、電解質異常を引き起こす可能性があるためです。医師の指示なく自己判断で複数の漢方を組み合わせることは避けましょう。
- 利尿剤との併用：降圧薬やむくみ取りに使われる一部の利尿剤（特にループ利尿薬やチアジド系利尿薬）はカリウム排泄を促進しますが、甘草もカリウムを減少させる方向に働くため、両者を併用すると低カリウム血症のリスクが高まります。低カリウムになると前述のように筋力低下や不整脈の危険があります。したがって利尿剤を服用中の方が桃核承気湯を使う場合は、医師の監督下で慎重に行う必要があります。
- 抗凝固薬との併用：桃核承気湯に含まれる桃仁（桃の種子）には血液凝固を抑制する作用（いわゆる血液サラサラ効果）があるとされます。そのためワルファリンなどの抗凝固薬や抗血小板薬を服用中の場合、桃核承気湯の併用によって薬効が強まり出血傾向が高まる可能性があります。逆に甘草はビタミンK様作用でワルファリンの効果を減弱させるという報告もあります。いずれにせよ、血栓予防の薬を飲んでいる方は漢方併用の是非を主治医に確認してください。
以上のように、桃核承気湯は併用に注意すべき薬剤があります。市販薬やサプリメント含め、自己判断で複数の薬剤を組み合わせることは避け、必ず専門家に相談しましょう。
含まれている生薬の組み合わせと選ばれている理由
桃核承気湯は5種類の生薬から構成されています。それぞれの役割を理解すると、この処方がなぜ効果を発揮するかが見えてきます。
- 桃仁（とうにん）：バラ科モモの種子で、桃核承気湯の名前にもなっている主薬です。血行を促進し、瘀血（うっ血）を取り除く作用があります。特に骨盤内や下腹部の血流改善に優れ、月経痛や瘀血による下腹部膨満感を解消します。また桃仁は油分を含むため腸を潤し、便通を出やすくする効果もあります。古来より打撲や婦人科疾患の要薬として重宝され、「血を動かし瘀を去る」代表的生薬です。
- 大黄（だいおう）：タデ科ダイオウの根茎で、緩下作用（下剤作用）と清熱作用を持つ生薬です。腸の動きを促進し、滞った便を排泄させる強力な作用があります。同時に活血作用もあり、瘀血を除去して炎症や腫れを鎮めます。桃仁とともに桃核承気湯の主役となる生薬で、体内にこもった「熱」と「滞った血」を下方向に排出する役割を担います。大黄の下剤成分（アントラキノン類）は即効性があるため、服用後比較的早く効果が現れます。ただし効きすぎる場合があるので用量には注意が必要です。
- 桂枝（けいし）：クスノキ科ニッケイ（シナモン）の若い枝（または樹皮、桂皮）です。桂枝は身体を温めて血管を拡張し、血行を良くする作用があります。桃核承気湯では、冷えを防ぎつつ血の巡りを整える補佐役として配合されています。具体的には気の流れを調えることで血流を押し出す働きがあり、桃仁・大黄の活血作用を助けます。古典には「桂枝は下焦の瘀血を散らす」との記載もあり、桃仁と組み合わせることで下腹部の鬱血除去効果を高めています。また桂枝の発汗・利水作用は、瘀血に伴うむくみ改善にも寄与します。
- 芒硝（ぼうしょう）：硫酸ナトリウムの結晶（水分を含んだ天然の鉱物）で、漢方では硝石から精製して用います。芒硝は腸に水分を集めて便を柔らかくし、排便を促す生薬です。性質はとても塩辛く冷やす作用があり、体内の余分な熱を冷ましつつ、大黄の下剤作用を補強します。大黄と芒硝の組み合わせは「調胃承気湯」という下剤処方にもなっており、桃核承気湯ではこれに桃仁・桂枝を加える形になっています。芒硝のおかげで硬い便や乾燥した腸内容物が軟らかくなるため、骨盤内の鬱血を便とともに排出しやすくする効果が期待できます。ただし塩分を含むため、長期連用の際は高血圧や腎臓への影響にも注意が必要です。
- 甘草（かんぞう）：マメ科カンゾウの根茎で、甘味を持つ生薬です。甘草は漢方方剤の調和薬として頻繁に使われ、他の生薬の作用を緩和しバランスを取る役割があります。桃核承気湯では、大黄や芒硝といった峻烈（しゅんれつ）な薬味を和らげ、胃腸への刺激を抑える働きをします。その結果、患者さんが服用しやすいよう味を調える（甘みを加える）効果もあります。
また甘草には消炎作用もあり、瘀血に伴う炎症や痛みを鎮める一助となります。ただし前述の通り長期大量使用で偽アルドステロン症のリスクがあるため、甘草を含む処方を複数併用する際は注意が必要です。
以上の組み合わせにより、桃核承気湯は「血を動かし、熱を冷まし、下し（便通を促し）、調和する」バランスの取れた処方となっています。桃仁・桂枝・大黄が滞った血流を動かし、桂枝が冷えを防ぎつつ血行促進、大黄と芒硝が腸を動かし熱と老廃物を排出、甘草が全体を調整することで、頑固な瘀血を無理なく取り除く狙いです。
この処方設計のおかげで、桃核承気湯は瘀血による多様な症状（痛み・のぼせ・便秘・精神不安など）に幅広く対応できるのです。
桃核承気湯にまつわる豆知識（歴史・逸話・味・その他）
歴史的背景：桃核承気湯は中国の漢代の医書『傷寒論（しょうかんろん）』に登場する有名な処方です。医聖と呼ばれる張仲景（ちょうちゅうけい）が約1800年前に著した古典に記載されており、当時は「下腹部に瘀血と熱がこもり、狂躁（精神の不安定）をきたす症状」に用いられました。現代で言うと、産後の抑うつやホルモン起因の精神症状、あるいは血行不良による興奮状態などに相当し、桃核承気湯は古来より身体と精神をつなぐ処方として重宝されたのです。日本にも輸入され、江戸時代の漢方医もこの処方を用いていました。江戸末期の外科医・華岡青洲は桃核承気湯を発展させた「通導散」という処方を考案し、より陳旧した瘀血（長く滞った古い瘀血）に対応したと伝えられています（通導散は膿を出し切った後の治療に使われました）。このように桃核承気湯は古くから血の滞りを治療する代表処方として位置づけられてきました。
処方名の意味：名前の由来にも注目です。「桃核承気湯」の「承気」とは中医学の言葉で「気を巡らせる」「腸の気を通じさせる」という意味があります。実は「承気湯」と名のつく処方は他にも大承気湯・小承気湯・調胃承気湯の三つがあり、それぞれ便秘を治すための下剤処方です。大承気湯（だいじょうきとう）は大黄・芒硝に加えて厚朴や枳実を含み、最も強力に腸の詰まりと熱を取る処方、小承気湯（しょうじょうきとう）は芒硝と甘草を除いて厚朴・枳実を加え、中程度の便通効果と膨満感を取る効果を持つ処方、調胃承気湯（ちょういじょうきとう）は大黄・芒硝・甘草のみで構成され作用が穏やかな処方です。桃核承気湯は、この調胃承気湯に桃仁と桂枝を加えた形になっており、便通薬に駆瘀血薬を組み合わせた点が大きな特徴です。処方名に「桃核」と付いているのは、桃仁を駆瘀血の主薬としているためで、「桃のタネで気を巡らす湯」という文字通りの命名になっています。
味や飲み心地：桃核承気湯に含まれる生薬の味を想像してみると、苦味（大黄・桃仁）と塩味（芒硝）、そしてほのかな甘味（甘草）と芳香（桂枝）が混ざった風味です。実際に煎じたときの香りはシナモンのような匂いと生薬特有の香ばしさがあります。口に含むと最初に甘草の甘みを感じますが、その後に大黄の苦みと芒硝のしょっぱさが舌に残る独特の味です。「おいしい」と感じるものではありませんが、桂枝の香りのおかげで飲みにくさは多少和らいでいます。エキス顆粒剤（粉薬）でもほろ苦い味はありますが、水でさっと飲める程度です。もし煎じ薬で服用する場合は、冷めると飲みにくくなるので温かい状態で一気に飲むと良いでしょう。
豆知識あれこれ：桃仁にはアミグダリンという成分が含まれており、杏仁（杏の種）と似たほのかなアーモンド臭があります。漢方では「桃仁は血を散らし、潤腸通便する」と古来記され、同じ効能をもつ杏仁と合わせて処方に配合されることもあります。また桂枝（シナモン）は現在ではお菓子や飲料の香料として有名ですが、漢方では発汗・解熱・血行促進薬として重要です。大黄は元々中国西域で産出する薬草で、「将軍」という異名を持つほど作用が力強いことで知られます。服用後数時間で効果が現れるため、速効性の漢方下剤として位置づけられ、日本でも便秘薬の原料として用いられてきました。芒硝は普段あまり耳慣れないかもしれませんが、天然の鉱物由来という点で漢方らしさが感じられる生薬です（古い時代は井戸水の成分などから採取していました）。甘草は「百薬の長」と呼ばれ、どんな処方にも加えて調和させることができる万能薬的存在です。桃核承気湯でも縁の下の力持ちとして活躍し、全体のバランスを取っています。
最後に、桃核承気湯は「瘀血を下す」代表処方ではありますが、すべての下腹部痛に使えるわけではありません。例えば冷えが原因の生理痛や、体力が無い人の月経不順には適さず、別の漢方薬が選ばれます。漢方では一人ひとりの体質（証）に合わせて薬を選ぶことが大切であり、同じ症状でも処方が異なる場合があります。
まとめ
桃核承気湯は、血流の滞りと熱を取り除くことで婦人科系をはじめ様々な症状に効果を発揮する伝統処方です。ただし効果を十分に引き出すには、患者様の証に合っていることが前提となります。
当クリニックでは患者様の症状や体質（証）をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。