治頭瘡一方(59)の効果・適応症
治頭瘡一方(59)(ぢづそういっぽう)は、その名のとおり「頭の瘡(かさぶた)を治す一方(ひとつの処方)」として古くから伝えられる漢方薬です。主に頭部の湿疹や炎症を鎮める効果があり、頭皮のジュクジュクした湿疹やかさぶた、フケを伴う皮膚炎などに適応します。また、これらの皮膚症状による抜け毛(脱毛)にも用いられることがあります。漢方医学の視点では、治頭瘡一方(59)は頭部に「熱」と「湿気」が滞って起こる炎症(湿熱)を取り除き、皮膚の修復を促す処方とされています。
具体的な適応症としては、湿疹全般、頭皮のただれやかゆみ、乳幼児の脂漏性湿疹(いわゆる乳痂〈にゅうか〉と呼ばれる頭皮の皮脂によるかさぶた)などが挙げられます。頭皮に赤みや腫れ、汁が出てかさぶたができるような症状に対して炎症を和らげ、膿を持つ場合は膿を出し切って治すのを助けます。結果として、頭皮の状態が整うことで、髪の毛の成長環境も改善され、炎症による一時的な脱毛の回復にもつながることがあります。
このように治頭瘡一方(59)は、頭部に集中した皮膚疾患(湿疹やかさぶた、ふけ、炎症など)を幅広くカバーする漢方処方です。患部の赤み・腫れ・かゆみを抑え、皮膚のただれを乾かして修復を早める効果があります。特に乳幼児から成人まで、頭皮に症状が出やすい方の体質改善に用いられ、頭部皮膚のトラブルでお悩みの方に適した漢方薬と言えるでしょう。
よくある疾患への効果
治頭瘡一方(59)が効果を発揮しやすい、現代のよくある疾患をいくつか紹介します。頭皮に症状が出る病気を中心に、その作用をご説明します。
- 脂漏性皮膚炎(頭皮のフケ症状): 頭皮が赤くなり、皮脂の分泌異常でフケやかさぶたが生じる脂漏性皮膚炎に対して、炎症を鎮め皮膚の新陳代謝を整える助けとなります。治頭瘡一方は皮膚の余分な湿気を取り、皮脂バランスを改善してかゆみを和らげます。ベタつくタイプの頭皮湿疹に適し、フケの減少や皮膚状態の改善が期待できます。
- アトピー性皮膚炎(頭部の湿疹): アトピーによる頭皮の湿疹やただれにも用いられることがあります。皮膚がジュクジュクと湿って炎症が強い場合、治頭瘡一方の持つ湿気を乾かす作用と炎症を冷ます作用が症状緩和に役立ちます。かゆみを抑え、掻き壊しによる二次感染(とびひ)の予防にもつながります。ただし、アトピー性皮膚炎は体質によって処方を使い分ける必要があるため、後述の他の処方と比較して適否を判断します。
- 乳児の乳痂(にゅうか): 生後まもない赤ちゃんの頭に厚い脂のかさぶたができる「乳痂」は、乳児脂漏性湿疹の一種です。治頭瘡一方は昔から乳児の頭部湿疹にも使われてきた経緯があり、皮膚を健やかに保ちつつ炎症を抑えることで、乳痂の改善を促します。赤ちゃんの場合は体力に合わせて生薬の量を調整したり、塗り薬的に応用するケースもありますが、皮膚科治療と併用して漢方内服として処方されることがあります。
- 頭部白癬(しらくも): いわゆる「しらくも」と呼ばれる頭部の皮膚真菌症(白癬菌感染)による頭皮のかさぶたや脱毛にも、補助的に使われることがあります。直接白癬菌を殺す効果はありませんが、皮膚の炎症反応を鎮め、膿や痂皮(かさぶた)を早く取ることで皮膚環境を整えます。抗真菌薬での治療と並行して、漢方で皮膚の治癒力を高める一助として用いることがあります。
- 頭皮の吹き出物・にきび: 頭皮にできる吹き出物やにきび(毛包炎を含む)は、毛穴に皮脂や雑菌が詰まって炎症を起こした状態です。治頭瘡一方は膿を持った吹き出物をしだいに鎮め、腫れを引かせるのを助けます。頭皮は髪の毛があり薬が塗りにくい場所ですが、漢方内服により内側から炎症体質を改善することで、繰り返す頭皮のにきびを防ぐ効果が期待できます。
- 円形脱毛症: 円形脱毛症そのものへの第一選択ではありませんが、ストレスやアトピーに伴って頭皮に炎症があるタイプの脱毛には、炎症を抑えて血行を促す目的で併用されることがあります。治頭瘡一方で頭皮の炎症体質を改善し、毛根への血流を良くすることで、発毛環境を整えるサポートになります。ただし、血を補う効果は弱い処方ですので、貧血気味・栄養不足が関与する脱毛には後述する当帰飲子(86)など他の処方が検討されます。
以上のように、治頭瘡一方(59)は頭部皮膚の炎症性疾患に幅広く応用されます。ただし、同じ「湿疹」でも体質や症状の出方により適する処方は異なります。次の章で、類似の症状に使われる他の漢方薬と治頭瘡一方(59)との使い分けについて解説します。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
頭部の湿疹や皮膚炎に使われる漢方薬は、治頭瘡一方以外にもいくつかあります。症状の特徴や患者様の体質(証)に合わせて処方を選ぶため、以下に治頭瘡一方(59)と比較して用いられる代表的な漢方薬を挙げ、それぞれどのように使い分けるかを解説します。
十味敗毒湯(6)との使い分け
十味敗毒湯(6)(じゅうみはいどくとう)は、膿疱(膿をもったブツブツ)や吹き出物ができやすい皮膚炎全般によく使われる有名な処方です。全身的な湿疹やにきび、皮膚の化膿症状に幅広く対応し、「皮膚のおできの漢方薬」として知られます。治頭瘡一方(59)との違いは、十味敗毒湯が全身の皮膚に現れる湿疹・できものに向いているのに対し、治頭瘡一方は頭部・顔面など上半身の限局した湿疹に焦点を当てている点です。
十味敗毒湯(6)には治頭瘡一方と共通する生薬(川芎、蒼朮、防風、甘草など)も含まれますが、さらに黄苓や柴胡などの熱を冷ます薬、桔梗や薄荷など上半身の炎症を散らす薬が加わり、構成が少し大きめ(10種の生薬)です。そのため、体力中等度以上で症状が全身的な患者様に適しています。例えば、顔や背中も含めてにきびができやすく膿みやすい方、慢性のじんましんや湿疹が体の広い範囲にある方には十味敗毒湯を選ぶ場合があります。一方で、頭皮や顔面に症状が限られ、比較的局所に強い炎症がある場合には治頭瘡一方の方がピンポイントで効果を発揮しやすいでしょう。
まとめると、十味敗毒湯(6)は全身の「毒」(炎症や膿)を敗(やぶ)って治す広域な処方、治頭瘡一方(59)は頭部の瘡(かさぶた・湿疹)に特化して治す処方、とイメージすると使い分けがわかりやすいです。
荊芥連翹湯(50)との使い分け
荊芥連翹湯(50)(けいがいれんぎょうとう)は、慢性的に鼻炎や扁桃炎を繰り返す方や、顔面のにきびによく用いられる処方です。ちくのう症(副鼻腔炎)など「膿がたまりやすい」体質に対して、炎症を鎮め膿を発散させる効果があります。顔や鼻だけでなく、耳の炎症(中耳炎)にも応用されるなど、頭部全般の「化膿しやすい炎症」に対応する漢方薬です。
荊芥連翹湯(50)の特徴は、生薬が13種類と多く含まれ、当帰や芍薬といった血を補い巡らせる生薬が加わっている点です。これは、慢性的な炎症で血の巡りが滞ったり不足したりしている状態をケアするためで、繰り返すニキビで肌がくすんでいるような場合や、慢性副鼻腔炎で粘膜の血流が悪い場合などに向いています。一方の治頭瘡一方(59)は血を補う力は弱いものの、連翹や忍冬などの清熱解毒薬が主体で、急性期の炎症や腫れを鎮める力に優れます。
使い分けとしては、例えば顔面~頭部にかけて赤く腫れるニキビには、炎症が強い急性期は治頭瘡一方で熱毒を取って鎮静化させ、その後繰り返すようであれば荊芥連翹湯で体質改善を図る、といった組み合わせが考えられます。また、慢性副鼻腔炎で膿が長引くような場合には初めから荊芥連翹湯で体質ごと改善を目指すこともあります。荊芥連翹湯(50)はやや体力のある人向けで慢性の炎症体質に、治頭瘡一方(59)は体力中等度で炎症が比較的限局している場合に使う、と押さえておくと良いでしょう。
消風散(22)との使い分け
消風散(22)(しょうふうさん)は、「風を消す散剤」という名のとおり、皮膚のかゆみを伴う症状に広く使われる処方です。全身の湿疹や蕁麻疹、アトピー性皮膚炎などで赤みとかゆみが強く、湿潤や分泌液もある状態に適しています。体力が比較的充実していて熱感や腫れが顕著な患者様に用いられることが多く、かゆみを鎮める代表処方の一つです。
消風散(22)には、皮膚の熱を冷ます石膏や知母、湿気を利尿で出す木通や防己、かゆみを止める蟬退(セミの抜け殻)など特徴的な生薬が含まれており、湿疹の 「赤み・ほてり・かゆみ」 に総合的にアプローチします。対して治頭瘡一方(59)は、石膏のような強い冷却薬は含まれず、もう少しマイルドに湿疹の赤みとかゆみを抑える処方と言えます。したがって、全身に広がるような激しい湿疹・かゆみにはまず消風散が検討され、頭部を中心とした湿疹であれば治頭瘡一方が検討されます。
使い分けの目安として、体力があり汗をかきやすく皮膚が赤く腫れるタイプの湿疹(暑がりでのぼせ気味の方)の場合は消風散を、体力中等度で炎症が頭部に集中しやすいタイプの湿疹(頭や顔だけ赤くなる方)の場合は治頭瘡一方を処方する、といった選択になります。ただしアトピー性皮膚炎などでは、急性期に消風散、慢性期に治頭瘡一方や当帰飲子に切り替えるといった段階的な使い分けも行われます。
当帰飲子(86)との使い分け
当帰飲子(86)(とうきいんし)は、皮膚の慢性的なかゆみや乾燥を伴う症状に用いられる処方です。皮膚がカサカサして掻きむしってしまうような慢性湿疹、アトピー性皮膚炎の慢性期、あるいは円形脱毛症などに使われることがあります。当帰飲子は血を補いながら皮膚の新陳代謝を高め、かゆみを和らげる働きがあり、体力虚弱傾向の方や高齢の方、慢性経過で色素沈着したような皮膚状態の方に適しています。
当帰飲子(86)には処方名にある当帰のほか、地黄、芍薬、何首烏(かしゅう)、胡麻など血を養い潤す生薬が含まれています。一方で荊芥、防風、苦参などかゆみを止める生薬も配合され、「血虚(けっきょ)の風燥を治す」(血が不足し皮膚が乾いて生じるかゆみを治す)処方とされています。頭皮のトラブルで言えば、慢性的なフケ症状や乾燥による抜け毛(円形脱毛症など)に用いることがあります。炎症を積極的に冷ます力は弱いので、赤みや腫れが強い急性期には不向きですが、治頭瘡一方(59)で炎症を沈めた後に皮膚を丈夫にする目的で当帰飲子に移行する、というような使い分けがなされます。
つまり、治頭瘡一方(59)が「熱を冷まし湿を除く」ことで急性炎症を抑えるのに対し、当帰飲子(86)は「血を補い風を除く」ことで慢性症状を改善する処方です。頭皮の湿疹でも、乾燥傾向・慢性経過なら当帰飲子、湿潤傾向・急性炎症なら治頭瘡一方、と使い分けられます。
清上防風湯(58)との使い分け
清上防風湯(58)(せいじょうぼうふうとう)は、「上を清し防風する湯」という名の通り、顔面や頭部の熱を冷まし、風(炎症による刺激)を散らす漢方薬です。特に顔のにきびに対して用いられることが多く、思春期の炎症性ニキビや成人の顎周りの吹き出物など、顔面部の赤く腫れる皮疹に適しています。処方内容は荊芥連翹湯と非常に似ていますが、黄連や薄荷が含まれ、心火(心の熱)や上焦の熱を強力に冷ます点が特徴です。
清上防風湯(58)と治頭瘡一方(59)の違いを簡潔に言えば、清上防風湯は顔面中心の「熱毒を清する」処方、治頭瘡一方は頭皮中心の「湿毒を取り除く」処方です。例えば、顔全体に赤く膿をもった吹き出物ができて痛痒い場合、清上防風湯は黄連や薄荷の作用で熱を冷まし腫れを引かせるのに適しています。一方、頭皮の湿ったただれや痂皮がメインの場合は治頭瘡一方の方が湿気を取り去る力が勝り適しています。
両方とも上半身の炎症を改善する処方なので迷うこともありますが、症状の中心が「顔」か「頭皮」か、および炎症の質が「熱の強い腫れ」か「湿気を含むただれ」かで使い分けると良いでしょう。必要に応じて医師がこれらの処方を組み合わせたり、症状経過に合わせて切り替えることで、頭部・顔面の皮膚トラブル全般に柔軟に対応します。
副作用や証が合わない場合の症状
漢方薬も西洋薬と同様、副作用が全くないわけではありません。治頭瘡一方(59)の副作用や、体質(証)が合わない場合に起こり得る症状について説明します。
- 消化器症状: 含まれる生薬の中には胃腸に刺激を与えるもの(例えば大黄)があります。そのため、人によっては腹痛・下痢などの消化器症状が出ることがあります。特に普段から胃腸が弱い方や下痢しやすい方は注意が必要です。服用後に下痢が続く場合は用量を調整するか、中止して医師に相談してください。
- 体の冷え・倦怠感: 治頭瘡一方は炎症を冷ます処方のため、もともと冷え症で虚弱な方が服用すると身体が冷えすぎたり力が入らない感じを覚えることがあります。これは証に合っていない可能性があり、手足の冷えや食欲不振、倦怠感が強く出る場合は処方の変更を検討します。
- 低カリウム血症・むくみ: 長期連用や多量服用により、甘草(カンゾウ)に含まれるグリチルリチンの作用で低カリウム血症を起こすことがあります。これにより手足の脱力感やむくみ、酷い場合は血圧上昇や不整脈が出ることもあります。一般的には治頭瘡一方中の甘草量は多くありませんが、他の甘草含有薬との併用や体質的な感受性によって発現する可能性があります。
- 発疹・アレルギー反応: まれに生薬に対するアレルギーで発疹や蕁麻疹、痒みが生じることがあります。飲み始めて皮膚症状が悪化したり新たな発疹が出た場合は、ただちに医師に相談してください。川芎や紅花など薬草アレルギーの既往がある方も注意が必要です。
- 証不一致による効果不十分: 副作用ではありませんが、患者様の証(しょう)に合わない場合、期待した効果が得られないだけでなく症状が悪化することもあります。例えば、乾燥が強いのに治頭瘡一方のような湿を除く薬を使うと皮膚がさらにカサカサになったり、逆に湿熱が強いのに血を補う当帰飲子などを使うと湿疹が悪化するといったケースです。治頭瘡一方を服用しても改善が見られず、皮膚の乾燥や冷え症状ばかり出てくる場合は、証に合っていない可能性が高いため処方の再検討が必要です。
以上のような副作用・症状が見られた場合は、自己判断で続けず処方医に相談しましょう。漢方薬は比較的副作用が少ないと言われますが、体質に合わないまま無理に飲み続けると体調を崩す原因になります。
当院では処方後の経過もしっかりフォローし、副作用がないか、効果が出ているかを確認しながら治療を進めていますので、気になる症状は遠慮なくご相談ください。
併用禁忌・併用注意な薬剤
治頭瘡一方(59)は比較的安全域の広い漢方処方ですが、他の薬剤との飲み合わせや注意点についていくつか挙げます。
- 妊娠中の服用: 妊婦への治頭瘡一方の使用は原則慎重に行います。含まれる紅花(コウカ)は活血作用(血流を促し瘀血を散らす作用)があり、妊娠中に不用意に服用すると流産のリスクを高める可能性があります。また、大黄も子宮収縮を誘発するおそれが指摘されています。そのため、妊娠中・妊娠の可能性がある方には基本的に投与しません。授乳中の場合も、母体の体調や必要性を慎重に判断します。
- 甘草を含む薬剤との併用: 治頭瘡一方には甘草(カンゾウ)が含まれます。甘草含有の漢方薬やグリチルリチン製剤(甘草エキスの入った咳止めや胃薬など)を複数併用すると、グリチルリチンの過剰摂取となり偽アルドステロン症(低カリウム血症、高血圧症状など)のリスクが高まります。市販薬でも甘草が入った漢方薬は多いため、自己判断で他の漢方薬を追加で飲むことは避け、併用の際は必ず医師・薬剤師に相談してください。
- 利尿剤・ステロイド剤との併用: 上記の低カリウム血症リスクに関連して、利尿剤(フロセミドなどループ利尿薬、チアジド系利尿薬)やステロイド薬を内服中の方は注意が必要です。これらの薬剤もカリウムを減らしたりナトリウムを貯留しやすくする作用があり、甘草と相乗的に作用すると電解質異常を起こしやすくなります。併用自体が直ちに禁忌とはされていませんが、血中カリウム値のモニタリングや症状の観察を行いながら使用します。
- ワルファリンなど抗凝固剤との併用: 治頭瘡一方に含まれる紅花(こうか)は血行を促進する生薬であり、一部報告では抗凝固薬(血をサラサラにする薬)の作用に影響を与える可能性が示唆されています。特にワルファリンを服用中の方はPT-INR値の変動に注意が必要です。ただし個人差が大きいため、一概に併用禁止ではありません。併用する際は医師の管理下で定期的に血液検査を受けましょう。
- その他の漢方薬との併用: 漢方薬同士の併用は、症状や証に応じて行われますが、素人判断で複数の漢方薬を同時に服用するのは避けてください。治頭瘡一方と作用が似通った清熱解毒系の漢方薬(例えば黄連解毒湯(15)など)を自己判断で重ねて飲むと、必要以上に身体を冷やし胃腸を痛める可能性があります。また、消風散(22)や十味敗毒湯(6)などとの併用は専門的には症状に応じて行うこともありますが、用量やバランスの調整が重要です。必ず漢方に詳しい医師の指示のもと併用しましょう。
総じて、治頭瘡一方(59)は特定の西洋薬と絶対に併用禁止というものはありませんが、上記のように注意が必要な組み合わせは存在します。現在服用中の薬がある場合は、漢方外来受診時に必ず申告してください。安全に漢方治療を行うために、医師・薬剤師と情報を共有することが大切です。
含まれている生薬の組み合わせと選ばれている理由
治頭瘡一方(59)は9種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬がどんな働きを持ち、なぜこの処方に加えられているのかをご紹介します。
- 川芎(センキュウ): センキュウは血行を促進し、瘀血(おけつ:血の滞り)を散らす作用があります。頭痛薬の「川芎茶調散」にも使われるように頭部の血流を良くする生薬で、皮膚の治癒を助けます。治頭瘡一方では、炎症によって滞りがちな頭皮の血の巡りを改善し、傷の治りを早めるために配合されています。また、川芎の持つ鎮痛作用は痒みや痛みの軽減にも一役買っています。
- 蒼朮(ソウジュツ): ソウジュツは体内の湿気を取り除く健脾利湿薬です。消化機能を高め余分な水分を排出させることで、湿疹の原因となる「湿」を体内から除去します。治頭瘡一方において、蒼朮は湿潤傾向の皮膚炎を改善するキープレイヤーで、頭皮のジュクジュクを乾かし、炎症のもととなる湿を減らす役割を担います。さらに胃腸を整えることで全身状態を良くし、他の生薬の吸収も助けます。
- 連翹(レンギョウ): レンギョウは清熱解毒薬で、熱を冷まし腫れを取り、膿を排出させる作用があります。レンギョウの果実は「連翹のごとき黄色い花(実際は果実ですが)で有名」で、漢方では化膿性疾患の特効薬の一つです。治頭瘡一方では、頭部の赤く腫れた炎症を鎮め、膿や毒素を外に出すことで腫れをひかせる中心的な役割を果たします。特に皮膚科領域では、にきびやおできの治療によく使われる生薬であり、治頭瘡一方の名前にある「瘡(できもの)」を治す鍵となる生薬です。
- 忍冬(ニントウ): ニントウは日本名をスイカズラ(忍冬)といい、こちらも清熱解毒作用を持つ生薬です。金銀花(きんぎんか)とも呼ばれる甘い香りの花で、連翹と対をなすように様々な感染症・炎症に使われます。治頭瘡一方では、レンギョウとセットで配合され、熱毒を取り去り炎症を鎮静化させます。特に湿疹でジュクジュクと汁が出るような場合に、この忍冬が膿や分泌物を収れんし、傷口の治癒を助けると考えられています。忍冬(スイカズラ)は「冬を忍ぶ」と書くように冬でも葉を落とさない強靭な植物で、その生命力が生薬として体の防御力を高めるとも言われます。
- 防風(ボウフウ): ボウフウは「風を防ぐ」と書くように、身体に侵入する邪気(主に風邪=ふうじゃ)を追い払う発散薬です。皮膚のかゆみや炎症は東洋医学で「風」の影響とされることが多く、防風はそれらを鎮める働きをします。治頭瘡一方では、頭部のかゆみや炎症を引き起こす風邪を散らし、症状を和らげる役割です。また、発汗作用で熱を外に逃がす効果もあるため、こもった炎症を発散させるのに貢献しています。
- 荊芥(ケイガイ): ケイガイも防風と同様に発散薬で、特に血分の風を散らす作用があります。荊芥は皮膚科のかゆみ止めとして古くから重宝されており、蕁麻疹や湿疹のかゆみを取る効果が期待できます。治頭瘡一方の中では少量ですが配合され、頭皮の痒みを抑え、炎症部分の熱を放散する手助けをしています。荊芥と防風の組み合わせは、湿疹・蕁麻疹の痒み対策の黄金コンビであり、治頭瘡一方でもそのコンビが生かされています。
- 甘草(カンゾウ): カンゾウは漢方の調和薬として有名で、他の生薬の作用を緩和・調整する働きがあります。抗炎症・解毒作用も持ち、「百薬の毒を解す」とまで言われる生薬です。治頭瘡一方では、全体の調和をとり、副作用を抑える目的で配合されています。また、甘草自体にも痒みや炎症を和らげる効果があります。少量ですが全体をまとめる縁の下の力持ちとして、この処方に欠かせない存在です。
- 紅花(コウカ): コウカは紅花(べにばな)というベニバナ科の花で、活血化瘀(かっけつかだ)作用、つまり血液を巡らせ瘀血を除く作用があります。女性の月経痛などによく使われますが、皮膚科領域でも炎症後の滞った血を散らし、組織修復を促すために用いられます。治頭瘡一方において、紅花は川芎とともに血行を良くし、炎症で傷ついた組織への栄養供給を改善します。頭皮の炎症が収まった後の毛髪の再生環境を整える意味でも、紅花の配合は理にかなっています。ちなみに紅花は染料として古来より使われ、日本でも山形県などで特産品として有名です。その赤い色のように、体をあたため血を巡らせる力を持つ生薬です。
- 大黄(ダイオウ): ダイオウは緩下(かんげ)作用、つまりお通じを促す作用を持つ生薬です。便秘薬として知られますが、漢方的には体内の熱毒を下し、炎症を鎮める目的で少量使われることがあります。治頭瘡一方ではごく少量の大黄が配合され、腸に溜まった余分な熱や老廃物を排出させ、血液をきれいにする狙いがあります。皮膚の疾患は腸の状態と関連する場合も多いため、便通を整えることで間接的に湿疹の治りを早める効果が期待できます。また、少量の大黄には通便以外にも消炎・解毒作用があるため、処方全体の効果を底上げしています。
以上9種類の生薬が互いに補い合いながら、治頭瘡一方(59)の効果を発揮しています。まとめると、「清熱解毒薬(レンギョウ・ニンドウ)で炎症の熱と毒を取り」「利湿薬(ソウジュツ)で湿気を除去し」「袪風薬(ボウフウ・ケイガイ)で痒みなど風の症状を止め」「活血薬(センキュウ・コウカ)で血行を促進し組織修復を助け」「調和薬(カンゾウ)で全体を調整し」「通便薬(ダイオウ)で体内の毒素排泄を促す」という構成になっています。頭部湿疹に対して理にかなった生薬の組み合わせであり、それぞれが担う役割によって総合的な治療効果を生み出しているのです。
治頭瘡一方にまつわる豆知識
- 名前の由来と歴史: 「治頭瘡一方」という名前はとてもストレートですが、その由来は中国伝来の古方にさかのぼります。中国の古い医書には頭部の瘡(できもの)を治す処方として記載があり、日本にも江戸時代に伝わりました。「頭の出来物を治すにはこの一方で十分」という意味合いから、この処方名がついたとされています。まさに「頭皮トラブルの特効薬」として期待された歴史がうかがえます。長い年月を経てもなお処方が受け継がれていることから、その効果の確かさが伺えます。
- スイカズラとレンギョウのペア: 忍冬(スイカズラ)と連翹(レンギョウ)は、漢方でよく一緒に使われるペアです。有名な「銀翹散(ぎんぎょうさん)」という風邪の処方にも含まれ、熱を冷まし解毒するゴールデンコンビと言われます。治頭瘡一方でも主要な2成分としてペアで入っており、この組み合わせが炎症性皮膚疾患に力を発揮します。余談ですが、スイカズラは初夏に白と黄色の可憐な花を咲かせ、甘い香りを放つのでハーブティーにも利用されます。連翹は早春に黄色い花をつける木で、公園などでも見られる「レンギョウの花」は春の訪れを感じさせます。この2つが処方に入っているおかげで、治頭瘡一方の煎じ液はほんのり草花の香りが感じられるかもしれません。
- 味や香り: 治頭瘡一方のエキス顆粒はやや苦味がありますが、甘草由来のほのかな甘みも感じられる風味です。蒼朮や川芎、防風などの独特の香り(漢方特有の薬草の香り)はありますが、決して飲みにくいほどの強烈さはありません。エキス製剤の場合、水に溶かすと黄色~黄褐色になり、飲むと口の中にわずかな苦みとスッとした後味が広がります。「薬を飲んでいる」実感はありますが、慣れると気にならなくなる程度です。煎じ薬で服用する際はもう少し風味が濃くなりますが、その香りが逆に「効きそうだな」と感じる患者様もいます。
- 植物としての生薬たち: 構成生薬の中には私たちの日常に馴染みのある植物も含まれています。例えば紅花(べにばな)は古くは口紅の原料として使われ、日本の伝統工芸品や化粧品にも登場する植物です。また甘草はリコリスとも呼ばれ、お菓子や飲料の甘味料として世界中で利用されています。治頭瘡一方の生薬は一見難しい名前ですが、そのバックグラウンドを知ると親しみやすく感じられるかもしれません。
- エピソード・逸話: 昔の医者は頭部の湿疹やできものにこの処方を用いる際、「頭を冷やし、血を巡らせて、毒を出し切る」と説明したそうです。江戸時代の漢方医は、膿が溜まったできものを見ると「まず瘡を潰して膿を出し、それから治頭瘡一方で余毒を取り去る」などと治療したとの記録もあります。当時は今のような抗生物質はありませんから、漢方の力で自然治癒を促していたわけです。現代でも、抗生剤を使いつつ漢方で体質改善を図る治療が行われており、先人の知恵が生かされています。
漢方の世界はこのように歴史的なエピソードや生薬の豆知識も豊富で、知れば知るほど興味深いものです。治頭瘡一方をきっかけに、漢方薬や生薬に親しみを持っていただければ幸いです。
まとめ
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。