温清飲(57)の効果・適応症
温清飲(57)は、漢方で広く用いられる処方で、その名の通り「身体の内側を温めつつ、余分な熱を冷ます」働きを持つお薬です。具体的には、慢性の炎症を鎮めながら血の巡りを改善し、肌や粘膜の潤いを補う効果があります。対象となるのは皮膚科領域(乾燥してかゆみを伴う湿疹・皮膚炎、にきび等)や婦人科領域(月経不順・月経困難、更年期障害など)で、特に皮膚がカサカサで色艶が悪く、のぼせ(熱感)を感じやすいタイプの方に適しています。のぼせやすい一方で手足は冷えやすいという「冷えのぼせ」の傾向がある場合にも、温清飲は体のバランスを整えて症状を和らげてくれるでしょう。
温清飲の代表的な適応症として、月経不順や更年期障害があります。女性ホルモンの変動に伴うイライラ、不安、不眠といった精神神経症状(いわゆる「血の道症」)や、顔のほてり・発汗などの更年期の症状に用いられます。また、月経困難症(生理痛)にも応用され、血行を促して経血の巡りを良くすることで、痛みの緩和に役立ちます。
さらに、皮膚科系では湿疹・皮膚炎で肌が乾燥しがちなケースに効果的です。たとえば慢性的な湿疹やアトピー性皮膚炎で、患部がカサついて赤みと強いかゆみを伴うような場合、温清飲が有効となることがあります。顔のにきび(とくに大人の女性のニキビ)で、生理周期に合わせて悪化するようなタイプにも使われることがあり、体内の余分な熱を冷ましつつ肌の生まれ変わりを助けることで、炎症を抑えていきます。
よくある疾患への効果
温清飲はその幅広い作用から、さまざまな疾患・症状に対して処方されます。以下に、日常よくみられる症状・疾患と温清飲の効果について例を挙げます。
- アトピー性皮膚炎(乾燥型): とくに成人のアトピーで肌が極度に乾燥し、掻き壊しによる炎症が慢性化している場合に適します。温清飲は皮膚の乾燥を改善しつつ炎症を鎮めるため、かゆみの軽減や肌状態の改善が期待できます。ステロイド外用剤などでは治りきらない慢性的な赤み・かゆみに対し、内側から体質を整えて症状を和らげます。
- 湿疹・皮膚炎(手湿疹や乾燥性湿疹): 水仕事の多い方に生じる主婦湿疹(手湿疹)や、高齢者の乾燥性湿疹にも用いられます。これらは皮膚表面のバリアが壊れ、乾燥と炎症が繰り返す状態です。温清飲は血行を良くして皮膚に栄養を届け、さらに炎症を抑えることで、ひび割れや痒みを徐々に改善に導きます。皮膚の再生力を高めることで、繰り返しがちな湿疹の悪化サイクルを断ち切る手助けをします。
- ニキビ(吹出物): 赤く腫れたニキビがなかなか治らず、肌が乾燥してゴワつくタイプの方に温清飲が検討されます。特に生理前後でニキビが増悪する女性や、ストレスでホルモンバランスが乱れがちな方に向いています。温清飲は体内の炎症と余分な熱を冷まし、血液循環を促すため、ニキビの赤みや腫れを鎮め、跡が残りにくい肌状態へと導きます。オイリー肌で化膿しやすいニキビには別の処方が選択されることが多いですが、乾燥気味で慢性的なニキビには温清飲が効果を発揮するケースがあります。
- 月経不順・月経困難症: 温清飲は婦人科系では月経周期の乱れや生理痛の改善にも用いられます。血の巡りを良くする生薬が含まれているため、月経が滞りがちな「血行不良タイプ」の月経不順に適しています。周期が不安定で経血量にもムラがあるような場合、服用を続けることで徐々に周期が整い、経血量や色調の改善が期待できます。また、血行不良による下腹部の鈍い痛みや頭痛など、生理に伴う不調にも効果を及ぼすことがあります。即効性の痛み止めのようにはいきませんが、体質から整えることで根本的な改善を目指します。
- 更年期障害: 40~50代以降の女性で、のぼせやほてり、発汗発作などの更年期症状があり、かつ肌や粘膜の乾燥を感じる場合に温清飲が処方されることがあります。更年期にはホルモン低下に伴い「血(けつ)」が不足しがちになり、それによるほてりやイライラが生じると考えられます。温清飲は不足した血を補いながら余分な熱を冷ますことで、ホットフラッシュ(顔や上半身のほてり)や動悸、不眠、不安感などを和らげます。実際に「なんとなくイライラして落ち着かない」「顔だけ赤く火照る」という方に服用いただくと、数週間で気分が落ち着き、ほてりの頻度が減ったという声もあります。
- 婦人科系の慢性炎症: 子宮内膜炎や子宮付属器炎など、女性の下腹部の慢性的な炎症にも温清飲が応用されることがあります。慢性の炎症は粘膜の充血や出血傾向を伴うことが多いですが、温清飲は炎症による熱を冷まし、さらに血液を補って粘膜の修復を促す働きがあります。例えば不正出血を伴うような慢性子宮内膜炎では、温清飲を用いて出血を抑えつつ子宮内膜の状態を改善する試みがなされることがあります。ただし、急性の強い炎症(高熱や激痛を伴う場合)には向かず、あくまで慢性期で体力中等度のケースに適する処方です。
以上のように、温清飲は「熱を冷ますこと」と「血を補うこと」の二面からアプローチできるため、乾燥を伴う慢性炎症全般に幅広く効果を発揮します。ただし、すべての症状に万能というわけではなく、患者さん一人ひとりの体質(証)に合致した場合にこそ、その真価を発揮する漢方薬です。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
温清飲と似た症状に使われる漢方薬は複数ありますが、配合生薬や作用の違いによって使い分けをします。症状や体質に応じて医師・薬剤師が処方を選択しますが、代表的な処方の違いを以下にまとめます。
- 黄連解毒湯(15) – 熱症状が強く乾燥が目立たない場合に用いられます。顔色が赤く、イライラや不眠など「火が上炎した症状」が前面に出ているときに適する処方です。温清飲にも黄連解毒湯の成分は含まれていますが、血を補う生薬が含まれていない点が異なります。したがって、皮膚の乾燥や血行不良がなく、純粋に熱感・炎症・充血が強いタイプ(例えば皮膚の赤みや腫れが強い急性湿疹、鼻血や不眠を伴う興奮状態など)には、黄連解毒湯(15)単独が選ばれることがあります。
逆に言えば、乾燥や貧血傾向がある人に黄連解毒湯だけを使うと、血を消耗させてしまい体に負担がかかる可能性があるため注意が必要です。
- 当帰飲子(86) – 皮膚の慢性的なかゆみ・乾燥によく使われる処方です。温清飲と同様に血を補い皮膚を潤す生薬を含みますが、当帰飲子は炎症を冷ます力が比較的マイルドです。高齢者の乾燥肌によるかゆみや、慢性湿疹で赤みが淡く乾燥が主体のケースでは当帰飲子(86)が第一選択になることが多いです。
一方、温清飲は乾燥に加えて赤み・熱感が目立つ場合に選ばれます。例えば、同じ湿疹でも「ただ痒いだけでなく、掻くとすぐ赤く腫れて熱をもつ」ような場合には温清飲の方が向いています。両者とも皮膚のかゆみに用いる漢方ですが、炎症の強さで使い分けると覚えておくとよいでしょう。
- 十味敗毒湯(6) – 化膿傾向のある皮膚炎やニキビに処方されることが多い漢方です。名前に「敗毒」とあるように、膿を持った吹き出物や湿疹、じゅくじゅくした皮膚症状に効果を発揮します。体力中等度~やや充実した方向けで、湿疹でも水疱や膿疱があり汁っぽい場合、あるいは蕁麻疹・湿疹の急性期によく用いられます。温清飲との違いは、十味敗毒湯(6)には熱を冷ますというより、皮膚の免疫反応を調節し化膿を抑える効果が中心である点です。したがって、乾燥よりもむしろ湿潤傾向(うるおい過多)で腫れが強い皮膚症状に適しています。
慢性の乾燥した湿疹には温清飲、急性~亜急性で腫れ・膿を伴う湿疹には十味敗毒湯と、症状の性質によって使い分けられます。
- 荊芥連翹湯(50) – にきび(尋常性座瘡)や副鼻腔炎などの反復する炎症に使われる処方です。17種類もの生薬が配合された一貫堂医学由来の複合処方で、温清飲の8生薬もすべて含まれています。乾燥した皮疹と湿った皮疹とが混在するような複雑な皮膚状態に適しており、思春期~青年期の頑固なニキビ治療によく登場します。温清飲と比べると、生薬数が多く作用も複雑ですが、その分幅広い皮膚症状に対応できる処方です。例えば、顔に赤い炎症性のニキビがあり、同時にあご周りには乾燥してカサカサとした皮疹も見られる場合、荊芥連翹湯(50)が検討されます。
ただし体質的にややエネルギッシュな方向けで、温清飲よりもやや体力があり炎症が強めの場合に使われることが多いです。逆に、虚弱で乾燥が主体の場合は温清飲の方が穏やかで適しています。
- 温経湯(107) – 冷え症が強く血行不良による婦人科症状に使われる処方です。名前が似ていますが温清飲とは対照的に、温経湯は体を温める作用が主体で、むしろ冷えによる月経不順や更年期症状に適します。顔色が青白く手足が氷のように冷たい方や、皮膚が乾燥していてものぼせ感がない(むしろ寒がり)という場合には温経湯(107)の方が合っています。例えば、生理不順でも冷え性で月経が遅れがちなタイプや、更年期でものぼせより冷え・落ち込みが強いタイプには温経湯が選ばれるでしょう。
一方、温清飲は冷えよりものぼせ・火照りが強いケースに用いるため、同じ月経不順でも症状に応じて処方が分かれます。両方とも婦人科系の代表処方ですが、「冷えが主体か、熱感が主体か」で見極めるのがポイントです。
これらの漢方薬はいずれも皮膚疾患や婦人科系の不調に用いられますが、患者さんの「証(しょう)」すなわち体質・症状の特徴に応じて使い分けられます。自己判断で似た薬を試してみるのではなく、専門家に相談して適切な処方を選ぶことが大切です。
副作用や証が合わない場合の症状
漢方薬は比較的安全性が高いと言われますが、温清飲にもまれに副作用が報告されています。重大な副作用として注意が必要なのは以下のような症状です。
- 間質性肺炎: 長引く咳、発熱、息切れなどが現れる重篤な肺の副作用です。特に漢方の生薬「黄芩(おうごん)」は、他の処方(小柴胡湯など)でも間質性肺炎のリスクが指摘されたことがあり、温清飲にも含まれるため注意が必要です。服用中に原因不明の咳や息苦しさが出現した場合は、すぐに服用を中止し医療機関を受診してください。
- 肝機能障害: 全身のだるさ、食欲低下、黄疸(白目や皮膚が黄色くなる)などが現れることがあります。これは肝臓に負担がかかった際の症状で、温清飲に含まれる生薬が原因となることは稀ですがゼロではありません。定期的に血液検査を受けている方は、肝機能値に異常がないかチェックしてもらうと安心です。
- 腸間膜静脈硬化症: 腹痛、下痢や便秘の繰り返し、腹部の張りといった症状が長期間にわたり続く場合に疑われます。生薬の山梔子(さんしし)(クチナシの実)が関与するとされ、長期間大量に服用したケースでごく稀に報告されています。重症化すると腸閉塞(イレウス)を引き起こす恐れがあるため、慢性的なお腹の不調を感じたら漫然と飲み続けず専門医に相談しましょう。
頻度としては上記のような重篤な副作用は非常にまれではありますが、漢方薬でもゼロではありません。発疹や発赤、胃の不快感、下痢などの軽めの副作用も可能性はあります。温清飲は苦みの強い薬ですので、人によっては胃もたれや食欲不振を感じることがあります。胃腸が弱い方は、服用方法を工夫(食後に服用する、量を減らす等)するか、医師に相談してみてください。
また、「証」が合わない場合、つまり本来この薬が必要ない体質の人が飲むと、期待する効果が得られないばかりか症状が悪化することがあります。温清飲は体内にこもった「熱」を冷ます処方なので、もし体の中に熱がない人(むしろ冷えている人)が服用するとさらに冷えてしまい不調になる可能性があります。その場合、手足の冷えや倦怠感が強まったり、下痢しやすくなったりするかもしれません。逆に、血が不足しているわけでもないのに飲めば、のぼせ・ほてりが引かないまま胃腸だけ冷えて調子を崩す、ということも考えられます。
したがって、自分の症状・体質にこの薬が合っているか、専門家の判断を仰ぐことが大切です。服用中に「どうも自分には合わない気がする」と感じたら、一度処方医に相談し、継続すべきか見直してもらいましょう。
併用禁忌・併用注意な薬剤
温清飲は比較的安全な漢方処方で、特定の薬剤との明確な併用禁忌(絶対に使ってはいけない組み合わせ)は報告されていません。西洋薬と一緒に服用しても大きな問題を起こすことは少ないとされています。そのため、持病で他の薬を飲んでいる方でも、医師の管理の下であれば温清飲を併用できるケースがほとんどです。
ただし、いくつか注意点はあります。まず、温清飲には甘草(かんぞう)が含まれていないため、甘草由来の偽アルドステロン症(むくみや血圧上昇、低カリウム血症)といった副作用は基本的に問題になりません。他の漢方薬では甘草重複によるカリウム低下などが懸念されることがありますが、温清飲に関してはその点は安心です。
一方で、温清飲に含まれる黄芩(おうごん)に関しては、インターフェロン製剤との併用で間質性肺炎のリスクが指摘されたことがあるため注意が必要です。実際にかつて小柴胡湯とインターフェロンを併用した肝炎治療で肺障害が問題になった経緯があります。温清飲自体は小柴胡湯ほど黄芩の量は多くありませんが、念のためインターフェロンや免疫賦活剤を使用中の方は温清飲の服用について主治医に相談してください。
また、ワルファリンなどの抗凝固薬との併用について心配される患者様もいますが、温清飲には特段強い血液凝固への影響を持つ生薬は含まれていません。むしろ出血傾向のある方に使われることもある処方です。ただし当帰や川芎など血行を良くする生薬が入っているため、念のため主治医に漢方併用の旨を伝え、定期的な血液検査で様子を見てもらうと安心でしょう。
総じて、温清飲は他の薬剤との相性は良い方で、「この薬とは絶対ダメ」というものはありません。サプリメントや市販薬とも大きな干渉はないと考えられています。
ただ、複数の漢方薬を自己判断で重ねて飲むことは避けましょう。特に温清飲と似たような生薬を含む漢方薬を複数併用すると、生薬量が過剰になり副作用リスクが高まる可能性があります。漢方薬を2種類以上服用する場合は、それぞれの処方を熟知した医師・薬剤師の指導のもとで行うようにしてください。
含まれている生薬の組み合わせ、なぜその生薬が選ばれているか
温清飲は8種類の生薬から成り立っています。その内訳は、古来より女性の健康を支える「四物湯(しもつとう)」と、強い炎症を鎮める「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」という、二つの有名な処方を合わせた組み合わせになっています。各生薬の役割を理解すると、温清飲がなぜ皮膚と婦人科の両面に効果を発揮するのか見えてきます。
- 当帰(とうき): セリ科の植物の根で、婦人薬の要ともいわれる生薬です。血を補い、血行を促進する作用があります。貧血や冷えを改善し、月経痛を和らげる働きも持つため、婦人科の処方では欠かせません。温清飲では、血虚(血の不足)を補いながら、他の清熱薬による冷やしすぎを緩和する役割も担っています。
- 地黄(じおう): アカヤジオウの根を乾燥させた生薬で、滋養強壮と陰液(体の潤い)の補給に優れています。乾燥した皮膚や粘膜を潤し、体にこもった余分な熱を冷ます性質も持ち合わせます。温清飲では、地黄が潤いを与えつつ熱を冷ますことで、乾燥した炎症性の皮膚を癒やす手助けをしています。また血を補う四物湯の構成メンバーでもあり、当帰などと協調して血液を増やし巡らせます。
- 芍薬(しゃくやく): シャクヤクの根を乾燥したもので、筋肉のこわばりや痛みを緩める作用と、血を補い肝の働きを助ける作用があります。「百薬の王」とも称され、生理痛の軽減や精神安定にも寄与する万能薬です。温清飲においては、芍薬が入ることで月経痛や肌のヒリヒリ感を和らげる効果が期待できます。また、血を補う力で他の滋養薬とともに肌や粘膜の栄養状態を改善します。
- 川芎(せんきゅう): センキュウの根茎で、当帰と並んで血行を良くし「瘀血(おけつ)※滞った血」を散らす生薬です。独特の芳香があり、頭痛や肩こりなど血行不良の痛みにも用いられます。温清飲では四物湯の一員として、血液循環の促進役を担い、肌細胞への栄養供給を高めます。川芎が加わることで、皮膚の新陳代謝を促し、傷の治りやすさやくすみの改善に繋がります。
(※瘀血: 血行が滞り、古くなった血がうっ滞している状態のこと)
以上の4つが四物湯(当帰・地黄・芍薬・川芎)で、体を内側から温め潤すグループです。次に、余分な熱を冷ます黄連解毒湯の生薬を見てみましょう。
- 黄連(おうれん): キンポウゲ科オウレンの根茎で、漢方でもトップクラスに苦い生薬として知られます。その強力な清熱作用で身体の上部の熱(特に心や胃の熱)を冷まし、炎症や不眠、イライラを鎮めます。温清飲では黄連が全体の熱を冷ます主役となり、皮膚の赤み・腫れ、顔のほてりなどを沈静化します。また抗菌作用もあるため、湿疹部の軽い二次感染予防にも一役買っています。
- 黄芩(おうごん): シソ科コガネバナの根で、黄連と同じく清熱作用を持ちながら、こちらは肺や上半身の炎症を冷ますのに優れます。高ぶった神経を落ち着けたり、気管支炎など上気道の熱を取るのにも使われます。温清飲では黄芩が赤く火照った皮膚や充血した粘膜の熱を取る役割を果たします。婦人科的には、更年期ののぼせやホットフラッシュを抑える生薬として働き、精神的不安定さを和らげる助けにもなっています。
- 黄柏(おうばく): ミカン科キハダの樹皮で、黄連・黄芩と合わせて「三黄(さんおう)」と呼ばれる清熱薬の一つです。黄柏は主に下半身の炎症やほてりを冷ます作用が強く、下痢や湿疹、泌尿器の炎症にも使われます。温清飲では黄柏が下腹部や下肢の熱感をとることで、例えば月経過多による下腹部の炎症感や、下半身のほてり・のぼせを沈めます。また黄柏には渋味成分があり、組織を引き締めて湿疹のじゅくじゅくを改善する働きもあるため、皮膚のただれを抑える効果も期待できます。
- 山梔子(さんしし): アカネ科クチナシの果実で、鮮やかなオレンジ色の色素を含む生薬です。血熱を冷まし、炎症を鎮め、出血を止める作用があります。漢方では鼻血や血尿など「熱による出血」を治す薬としても重宝され、また心を落ち着ける作用も伝えられています。温清飲では山梔子が肌や粘膜の赤みを引かせ、必要に応じて出血を止める役割を担っています。例えば更年期ののぼせで顔が真っ赤になるような場合や、湿疹を掻き壊して少し出血しているような場合に、この生薬が静かに効果を発揮します。ただし、山梔子は稀に長期大量使用で前述の腸の副作用があるため、必要以上に長く飲み続けないよう配慮されています。
以上の4つが黄連解毒湯(黄連・黄芩・黄柏・山梔子)の構成生薬で、体の余分な熱や炎症を抑えるグループです。
温清飲は、この「四物湯」+「黄連解毒湯」の組み合わせで、「内側から血を補い温めつつ、外側(表面)の炎症は冷ます」という一見相反する働きを同時に実現しています。まさに乾燥して潤いが足りないのに炎症はあるという矛盾した状態を整えるための処方といえます。皮膚がカサカサで栄養不足だけれど赤みやかゆみは強い――そんなときに、足りないもの(血・潤い)を補って余分なもの(炎症の熱)を取り去る理に適った組み合わせなのです。
各生薬が互いにバランスを取り合い、効果を補完し合うように設計されているため、単独の生薬では得られない総合的な効果を発揮します。
温清飲にまつわる豆知識
- 名前の由来: 温清飲という名前は、「内を温め、外を清す(うちをあたため、そとをきよす)」というコンセプトから来ています。すなわち、体内の不足して冷えている部分(血虚による冷え)を温補しつつ、体表に現れている余分な熱(炎症やのぼせ)を清熱するという意味です。実際、温清飲は内側(血液・陰液)を補い温める四物湯と、外側(炎症・熱)を冷ます黄連解毒湯の合方ですから、その名が示す通りの処方と言えます。この「温める」と「冷ます」を同時に行う発想は漢方独特で、まさに陰陽のバランス調整を体現した処方といえるでしょう。
- 出典と歴史: 温清飲は中国・明代の医師、龔廷賢(きょうていけん)が著した医書『万病回春』に登場する処方です。当時は「血崩」(けっぽう)と呼ばれる婦人の異常出血(現代で言う子宮出血)の治療薬として記載されました。「久しく虚熱に属するものは、よろしく血を養いてしかる後に火を清すべし」という考えに基づき、長引く出血(虚熱の症状)にはまず血を補い、それから熱を取るべしということで生まれた処方です。
その後、日本でも婦人科領域だけでなく皮膚科領域にも応用されるようになり、江戸時代には一貫堂医学という流派で重宝されました。現代でもその有効性から医療用漢方製剤「ツムラ温清飲エキス顆粒(医療用)」などが製造され、広く使われています。
- 温清飲の味・飲み方: 温清飲には前述の通り「三黄(黄連・黄芩・黄柏)」が入っているため、非常に苦い味が特徴です。煎じ薬として服用すると相当に苦く感じますが、その苦み成分が炎症を鎮める役割も果たしています。市販されているエキス顆粒剤でも多少の苦みは感じますので、苦手な方は錠剤タイプを選ぶと飲みやすくなります。また、オブラートに包んだり、服薬補助ゼリーを使ったりすると苦みを感じにくくなります。
漢方の古典的な用法では、「飲(いん)」と名の付く処方はお茶のように煎じた液を冷ましてから少しずつ飲むこともあったようです。温清飲も、現代でもお湯で煎じた後に冷やして飲むと苦みが和らぐという声もあります(もちろん温かいままでも効果に変わりはありません)。飲み方の工夫次第で続けやすくなりますので、苦くてつらいと感じる場合は薬剤師に相談してみましょう。
- 含まれる植物のトリビア: 温清飲に入っている生薬の中には、それ自体が興味深いエピソードを持つものもあります。例えば山梔子(クチナシの実)は、古来より布や衣服を黄色に染める天然染料として使われてきました。温清飲の煎じ液や顆粒がやや黄みがかった茶褐色なのは、このクチナシ由来の色でもあります。また、当帰(トウキ)は「漢方の女王」とも呼ばれ、セロリにも似た独特の香りがします。中国では当帰を使った鶏スープが産後の肥立ちを良くする薬膳として知られるなど、食文化にも根付いた生薬です。
さらに川芎(センキュウ)も、実は日本では奈良時代から薬用植物として栽培されていた歴史があり、当時から女性の悩みに使われていた記録があります。漢方薬に含まれる生薬に目を向けると、植物学や文化史の面でも興味が尽きません。
- 一貫堂医学と温清飲: 少し専門的になりますが、日本の漢方史で一貫堂医学という流派があります。明治~昭和初期に活躍した藤平健は一貫堂医学を提唱し、難治の皮膚病や婦人病に対して独自の処方を開発しました。その中で温清飲を基にした処方群があり、有名な荊芥連翹湯(50)や柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)などが生み出されています。
これらはいずれも温清飲の8生薬に、さらに多数の生薬を加えることで適応を広げたものです。例えば荊芥連翹湯は温清飲の効能に加えてニキビや蓄膿症など化膿性疾患にも効果を発揮する処方となっています。温清飲がいかに優れた基礎処方であるかを物語るエピソードと言えるでしょう。
まとめ
温清飲(57)は、「内を温め外を清す」という名の通り、体質のアンバランスを整えてくれる漢方薬です。皮膚の乾燥と炎症、婦人科系の不調と精神的なイライラ――一見バラバラに見える症状群に対し、温清飲は総合的にアプローチして改善に導く力を持っています。ただ、漢方薬の効果を十分に引き出すには、その人の症状や体質に薬が合っていること(証に合致すること)が大前提です。もしご自身に温清飲が合っているのか迷う場合は、専門の漢方医に相談してみてください。漢方は決して一律的な治療ではなく、一人ひとりに合わせたオーダーメイドの医療です。適切に用いれば、慢性的なつらい症状も和らぎ、日々の生活の質が向上することでしょう。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。