疎経活血湯の効果・適応症
疎経活血湯(53)は、関節痛・神経痛・筋肉痛など、筋骨格系の慢性的な痛みを和らげる漢方薬です。名前のとおり「経脈(けいみゃく)を疎通し、血を活性化する」作用があり、滞った血液や水分の流れを改善して痛みを取り除きます。伝統的には、体力中等度で冷えや湿気によって症状が悪化しやすい方に用いられ、腰から下(腰・臀部・脚)にかけての痛みに特によく効くと言われます。また、肩こりや手足のしびれなどにも応用され、急性の痛みから慢性の痛みまで幅広く使われてきました。
漢方の証(しょう)としては、血の不足(血虚)や血行不良(瘀血)が背景にある痛み、さらに余分な水分の停滞(水滞)を伴う場合に適しています。例えば「冷えによって痛みが強まる」「夜間になると痛みが増す」といった特徴がある場合に、疎経活血湯が効果を発揮しやすいです。逆に、体力が極端に低下している方や痛み以外に熱感が強い炎症がある方には向かないこともあります。患者さん一人ひとりの体質や症状に合わせて処方されますが、一般的に慢性的な関節や筋の痛みでお悩みの方によく用いられる処方です。
よくある疾患への効果
疎経活血湯は、以下のような慢性痛を伴う代表的な疾患で効果が期待できます。
- 変形性関節症(膝や股関節の痛み):関節の軟骨がすり減って生じる膝痛・股関節痛に対し、血行を改善して関節のこわばりや痛みを和らげます。特に天候の悪化や寒冷で痛みが増すようなケースに適しています。
- 関節リウマチ:関節リウマチによる慢性的な関節の腫れ・痛みに対し、疎経活血湯は痛みを減らす補助として用いられることがあります。血の巡りを良くし、関節の可動域改善やこわばりの軽減に役立つとされています。
- 坐骨神経痛(腰椎椎間板ヘルニアなど):腰から臀部・脚にかけて鋭い痛みやしびれが走る坐骨神経痛にも用いられます。冷え込みや湿度の高い日に症状が悪化するタイプの坐骨神経痛に合うことが多く、患部の血流を促して痛みを緩和します。
- 腰痛(慢性腰痛、脊柱管狭窄症など):慢性的な腰の痛みに対して幅広く使われます。特に加齢とともに起こる腰椎の変性(脊柱管狭窄症によるしびれを伴う腰痛など)で、下肢の冷えやしびれを伴う場合に適しています。痛みが長引いて夜間に強くなるような腰痛に効果的です。
- 肩こり・五十肩:肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)や慢性的な肩こりにも応用されます。肩や首筋のこわばり、夜間痛がある五十肩で血行不良が疑われる場合に、炎症と痛みを和らげる目的で用いられることがあります。
以上のように、疎経活血湯は変形性膝関節症や腰痛症、坐骨神経痛からリウマチ性の痛みまで、慢性的な痛みに幅広く対応しうる漢方薬です。ただし痛みの原因疾患や体質によって適否がありますので、自己判断せず専門医に相談することが大切です。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
関節痛や神経痛の漢方治療では、疎経活血湯以外にも症状や体質に応じて複数の処方が使い分けられます。似た症状に用いられる代表的な漢方薬と、疎経活血湯との使い分けのポイントをいくつか挙げます。
- 五積散(63) – 痛みとともに冷えや胃腸症状、婦人科症状など全身的な不調を抱える方に用いられる処方です。患部を擦ったり温めたりすると楽になるような腰痛・腹痛を伴う場合に適しています。疎経活血湯が「血」に注目した痛みの処方であるのに対し、五積散は内臓の冷えや気血水の停滞など広範囲の症状を改善します。寒さで痛みが増し、冷えからくるコリや痛みがある方には五積散(63)を検討します。
- 桂枝加朮附湯(18) – 体を温める力が強く、冷えが主体の関節痛に用いられる処方です。関節が冷えてこわばり、湿気や寒さで痛みが悪化するような慢性関節痛では、疎経活血湯よりも桂枝加朮附湯(18)が適する場合があります。例えば慢性的な膝の痛みで腫れよりも冷えと痛みが目立ち、むくみが少しある程度の場合、桂枝加朮附湯で冷えを取り痛みを和らげます。疎経活血湯が血行改善と水分代謝に重きを置くのに対し、桂枝加朮附湯は体を芯から温めて痛みを取る点が特徴です。
- 麻杏薏甘湯(78) – 急性または亜急性期の痛みに対応する処方です。比較的発症して間もない関節や筋の痛み(例えば天候不順や寒冷暴露をきっかけに急に悪化した膝痛など)には、麻杏薏甘湯(78)が使われることがあります。構成生薬に麻黄(まおう)や薏苡仁(よくいにん)を含み、関節や筋肉の腫れ・炎症を鎮める効果が期待できます。疎経活血湯は慢性期まで含めた幅広い痛みに用いますが、麻杏薏甘湯は急性の関節痛やリウマチの初期など炎症が比較的強い段階での痛みに適しています。
- 防已黄耆湯(19) – 水太り傾向でむくみを伴う痛みに用いられる処方です。関節に水がたまる(関節水腫)タイプの膝関節症や、肥満傾向で汗かきの方の膝痛に効果的とされています。疎経活血湯にも利水作用はありますが、防已黄耆湯(19)は黄耆(おうぎ)や防已(ぼうい)の作用で余分な水分を排出し、関節の腫れを引かせることに特化しています。膝に水が溜まりやすい方の膝痛や、雨の日に関節が腫れて痛むようなケースでは防已黄耆湯の方が適する場合があります。逆に冷えや血行不良が主であれば疎経活血湯の方を選ぶなど、症状に応じて使い分けます。
- 牛車腎気丸(107) – 加齢や腎虚(腎の機能低下)タイプの腰痛・脚の痛みに用いられる処方です。足腰の冷えやしびれ、筋力低下を伴うような慢性の腰痛、坐骨神経痛には牛車腎気丸(107)が処方されることがあります。八味地黄丸(7)に牛膝・車前子といった生薬を加えた処方で、腰から下の血行を良くし、むくみやしびれを改善する効果が期待できます。例えば高齢の方で足腰が冷えて力が入らず、慢性的に痛む場合には牛車腎気丸が適しています。疎経活血湯と比べ、体を温め腎を補う作用が強いため、冷えと体力低下が目立つ痛みに用いる点が使い分けのポイントです。
以上のように、同じ「腰痛」や「関節痛」という症状でも、原因や体質により使われる漢方薬は異なります。疎経活血湯(53)は刺すような激しい痛みや冷え・湿気で悪化する痛みに幅広く対応する「痛みのファーストチョイス」的な処方ですが、冷えが極度に強い場合は桂枝加朮附湯、急性の痛みには麻杏薏甘湯、水太りの関節痛には防已黄耆湯、体力が落ちて冷える痛みには牛車腎気丸といったように、症状に合わせて処方を組み立てていきます。
患者様の状態によっては複数の漢方薬を組み合わせたり、他の治療法(温灸など)を併用することで、より効果的に痛みを和らげることも可能です。
副作用や証が合わない場合の症状
疎経活血湯は生薬の自然な作用を利用したお薬ですが、まれに副作用が現れることがあります。比較的軽い副作用としては、胃もたれや食欲不振、腹部の不快感など胃腸症状や、皮膚の発疹・かゆみなどのアレルギー症状が報告されています。服用中にこれらの症状が出た場合は、一時的に服用を中止し、処方医に相談してください。
長期間の服用や他の薬との組み合わせによっては、偽アルドステロン症という重篤な副作用が起こる可能性があります。偽アルドステロン症とは、甘草(かんぞう)成分の影響で血圧上昇やむくみ、低カリウム血症による脱力感・筋力低下などが起こる症状です。疎経活血湯にも甘草が含まれているため、大量・長期服用時には定期的に血液検査を行うなどの注意が必要です。特に足がつりやすくなった、手足のしびれや脱力感が出てきた、といった場合は医師に連絡してください。
また、証(しょう)が合わない場合には、期待した効果が得られないばかりか体調がかえって優れなくなることもあります。例えば、極端に体力が低下して胃腸が弱っている方に疎経活血湯を用いると、下痢や倦怠感が出ることがあります。また、元々「熱症状」が強い人に使うと、のぼせやほてり感が増す場合もあります。漢方薬は患者様それぞれの証に合わせてこそ効果を発揮しますので、自己判断で長く飲み続けることは避け、経過は必ず専門医と相談しながらご使用ください。
併用禁忌・併用注意な薬剤
疎経活血湯を安全に服用するために、他の薬剤との併用についても注意が必要です。幸い、疎経活血湯自体に絶対に併用してはいけない「併用禁忌」の薬剤は特に知られていませんが、次のような場合は併用注意となります。
- 甘草を含む薬剤との併用:疎経活血湯に含まれる甘草の作用が重複すると、偽アルドステロン症(むくみ・高血圧・低カリウム血症)のリスクが高まります。例えば、芍薬甘草湯(68)や補中益気湯(41)など他の漢方薬、またはグリチルリチン酸を含むシロップ剤や胃薬を同時に服用する場合は、医師と相談のうえ注意深く経過を観察します。必要に応じて血中カリウム値のチェックを受けることもあります。
- 利尿剤・ステロイド剤との併用:利尿薬(例えばフロセミドなど)やステロイド薬を服用中の方は、これらの薬もカリウム排出やナトリウム貯留に影響を与えるため、疎経活血湯との併用で電解質バランスが崩れやすくなる可能性があります。併用そのものは禁止ではありませんが、むくみや血圧の変動、筋力低下などが起きないか注意して経過を見る必要があります。
- 抗凝血剤(血液をサラサラにする薬)との併用:明確なエビデンスは限定的ですが、当帰や桃仁など血行を促す生薬が含まれるため、ワルファリン等の抗凝固薬や抗血小板薬との併用では出血傾向に注意します。必要に応じて血液検査で凝固能を確認し、異常があれば医師が薬剤調整を行います。特にワルファリンを内服中の方は、新たに漢方薬を併用する際に必ず主治医に報告してください。
- 他の漢方薬との併用:疎経活血湯と症状が似た他の漢方処方を同時に服用する場合、含まれる生薬が重複することがあります。生薬の重複により作用が強く出過ぎたり、副作用リスクが上がる恐れもあります。例えば、防風通聖散(62)や当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)などと一緒に飲む場合、それぞれに含まれる生姜や防風の重複に注意が必要です。複数の漢方薬を併用する場合は、漢方に詳しい医師の指導のもとで行ってください。
以上のように、疎経活血湯は比較的安全性の高い漢方薬ですが、他のお薬との組み合わせ次第では注意が必要です。現在服用中のお薬がある場合は、疎経活血湯を開始する前に必ず医師や薬剤師に相談し、安全に治療を進めましょう。
含まれている生薬の組み合わせと選ばれている理由
疎経活血湯は17種類もの生薬から構成されており、それぞれが役割を持っています。多彩な生薬を組み合わせることで、「痛みの原因」に総合的にアプローチする処方となっています。以下に主な生薬のグループと、その役割を解説します。
- 痛みを取り除く生薬(祛風湿・散寒止痛薬)
威霊仙(いれいせん)、羌活(きょうかつ)、防風(ぼうふう)、白芷(びゃくし)などが該当します。これらは風・寒・湿といった外邪を取り除き、経絡(けいらく:気血の通り道)に滞った邪気を散らすことで痛みを和らげます。例えば、防風と羌活は身体の表面から寒湿を追い払い、関節や筋肉のこわばりをとります。威霊仙は特に鎮痛作用が強く、古来より関節の痛みやしびれに用いられてきました。こうした生薬の働きで、痛みそのものに対する即効性を発揮します。
- 血行を促進し血を補う生薬(活血化瘀・補血薬)
当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)、桃仁(とうにん)、牛膝(ごしつ)、芍薬(しゃくやく)、地黄(じおう)といった生薬が含まれています。これらは滞った血の巡りを良くし、必要な血を補う役割を担います。当帰・川芎・芍薬・地黄の組み合わせは四物湯として知られ、血を補いつつ瘀血を取り除く基本方剤です。桃仁は血の滞りを散らす代表的な生薬で、牛膝は血行を促し関節や筋の働きを滑らかにします。このグループの生薬により、患部の血流が改善され、慢性的な痛みの原因となる栄養不足や老廃物停滞を解消します。筋肉や神経に十分な血が行き渡ることで、組織の修復と痛みの軽減を助けます。
- 余分な水分を除く生薬(利水薬)
蒼朮(そうじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、防已(ぼうい)が挙げられます。これらは体内の水分代謝を調整し、むくみや関節内の水腫を改善する働きがあります。蒼朮と茯苓は利水作用とともに脾胃を健やかにする作用があり、体内に溜まった湿を捌いて痛みを軽くします。防已は利水と鎮痛の両面を持ち、関節の腫れや重だるさを取り除きます。特に湿気の多い時期や雨の日に悪化する痛みに、このグループの生薬が効果を発揮し、関節の腫れやこわばりを和らげます。
- その他の補助生薬
竜胆(りゅうたん)、陳皮(ちんぴ)、生姜(しょうきょう)、甘草(かんぞう)といった生薬も配合されています。竜胆は苦味の強い生薬で、清熱作用(熱を冷ます作用)と鎮痛作用があります。痛みの部位に炎症や熱感がある場合に、それを鎮める役割を果たします。陳皮と生姜は胃腸の働きを整える芳香健胃薬で、多くの生薬を含む疎経活血湯の消化吸収を助け、副作用(胃もたれなど)を起こりにくくしてくれます。甘草もまた胃を守りつつ、他の生薬同士の調和をとる調和薬として処方全体をまとめる働きがあります。また、芍薬と甘草の組み合わせは筋肉の痙攣を緩める作用があり、こむら返りの予防や筋肉痛の緩和にも寄与しています。
このように、疎経活血湯は痛みをとる生薬+血を巡らせる生薬+水をさばく生薬+調整役の生薬といった構成になっています。17種類もの生薬がバランスよく配合されているため、一つひとつの生薬量は比較的少なめですが、相乗効果で痛みの原因に包括的にアプローチします。血行不良や水分滞留を改善しつつ痛みを速やかに鎮め、さらに身体を補って回復を促す——伝統的な漢方の知恵が詰まった組み合わせと言えるでしょう。
疎経活血湯にまつわる豆知識
●処方の由来と歴史
疎経活血湯は中国の明代に書かれた医書『万病回春(まんびょうかいしゅん)』に収載された処方です。古典では「疏経活血湯」の名で記載され、全身を走りまわるような刺す痛みや夜間に悪化する痛みに用いるとされています。当時の記述には「左足の痛みが特に激しく、昼よりも夜に痛む。婦人の血風労に良い」などとあり、現代でいう慢性関節リウマチや坐骨神経痛、産後に血行不良で生じる関節痛などに使われていたことがうかがえます。数百年前から、血行と痛みの関係に着目して考案されたこの処方が、今もなお痛みの治療に活かされているのは興味深い歴史的事実です。
●名前の意味
「疎経活血湯」という名前には、そのまま作用の意味が表されています。「疎経」とは経脈(けいみゃく:全身をめぐる気血の通路)を疎通する、すなわち流れを良くすることです。「活血」はそのまま血を活発に巡らせるという意味になります。つまり、「経絡の流れを良くし、滞った血を巡らせるお湯(湯剤)」というのが処方名の由来です。名前に含まれている通りの効果を狙った処方であり、漢方薬の命名は内容を端的に表現していることが分かります。
●生薬の豆知識(味・植物としての特徴)
疎経活血湯に含まれる生薬にはユニークな特徴を持つものが多くあります。例えば、竜胆(りゅうたん)はリンドウ科のトウリンドウの根で、その強烈な苦味は有名です。山野に咲く青紫色のリンドウの花からは想像できないほど苦いこの生薬は、「苦味健胃薬」として胃薬にも利用されますが、本処方では熱を冷まし痛みを鎮める役割で配合されています。また、牛膝(ごしつ)という生薬はタデ科の植物・ヒナタイノコズチの根で、節のある様子がまるで牛の膝に似ていることから名付けられました。昔から「牛膝を使うと膝の痛みに効く」と言われ、実際に下半身の痛みや痺れを取る生薬として働いています。威霊仙(いれいせん)はシナセンキュウやクマツヅラ科の植物の根ですが、骨のように硬いその根は喉に刺さった魚の骨を柔らかくする民間療法にも用いられるほど、硬いものを軟らかくし通す力があるとされています。このように、それぞれの生薬にはユニークな作用や由来があり、疎経活血湯はそうした生薬の個性を組み合わせて痛みを改善する処方と言えます。
●味や香り
疎経活血湯の煎じ薬(煎じ液)は、配合されている生薬の影響で苦味と微かな辛味を帯びた風味になります。竜胆や川芎などの苦味、蒼朮や防風のややスパイシーな香り、そして甘草や生姜のほのかな甘みと辛みが混ざり合った独特の味です。決して飲みやすい味とは言えませんが、「効いている感じがする」と感じる患者さんもいらっしゃいます。エキス顆粒剤(ツムラ製剤など)では、生薬の風味は残るものの飲みやすく調整されています。どうしても煎じ薬の味が苦手な場合は、冷ましてゼリー状の食品に混ぜたり、蜂蜜を少量加えて服用するといった工夫をすることも可能です。
まとめ
疎経活血湯(53)は、多彩な生薬の力で血行と水分代謝を改善し、慢性的な痛みを和らげる漢方処方です。関節痛・神経痛・腰痛などで「冷えや血行不良」が関与する痛みに対して有効であり、古くから現代まで幅広く用いられてきました。ただし効果を十分に得るには患者様の体質(証)に合っていることが重要です。
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。
証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。