十全大補湯(ツムラ48番):ジュウゼンタイホトウの効果、適応症

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十全大補湯(48)の効果・適応症

十全大補湯(48)(じゅうぜんたいほとう)は、全身の「気」と「血」を補う代表的な漢方薬です。「気」とは元気やエネルギーに相当し、「血」とは血液や栄養の巡りを指します。病気や手術の後などで体力が衰え、これら気血の両方が不足した状態(漢方で「気血両虚(きけつりょうきょ)」と言います)に用いられます。具体的には、疲労倦怠感・貧血・食欲不振・皮膚の乾燥・寝汗(夜間の異常な発汗)・手足の冷えなどの症状がある虚弱な方に処方されます。また病後・術後の体力低下産後の衰弱、慢性疾患による消耗、冷え症の改善など、全身の機能回復を目的として幅広く使われています。

十全大補湯は、不足したものを補う「補剤(ほざい)」に分類される漢方処方で、その名が示す通り“十全(完全)に大いに補う”力があります。全身の機能低下を改善し、気力と体力を底上げする効果が期待できます。現代医学的な観点からも、免疫力の低下した方や疲労が抜けない方に用いると免疫機能(NK細胞など)の活性化食欲増進などが起こり、体調改善につながることが報告されています。このように、十全大補湯は伝統的な漢方理論と現代のエビデンスの双方から、「体を元気にする漢方」として位置付けられています。

よくある疾患への効果・使用ケース

十全大補湯は様々な場面で「体力増強剤」として活用されています。特によく知られる使用ケースとして、がん治療後の体力低下があります。手術や抗がん剤治療、放射線治療の後は、患者さんの体力・免疫力が大きく消耗します。その回復を助けるため、十全大補湯(48)が補完医療として処方されることがあります。服用により食欲が改善したり、術後の回復が早まるといった報告もあり、患者さんのQOL(生活の質)向上に寄与するケースも少なくありません。ただし、あくまで体力補助が目的であり、がんそのものを治す薬ではない点に留意が必要です。

また、大手術後や大病後のリハビリ期にも十全大補湯は用いられます。例えば大きな腹部手術を受けた高齢の方や、長引く感染症から回復する過程の患者さんに処方され、筋力や意欲の回復を促します。体重減少や貧血を伴うようなケースでは、栄養状態を整えて回復力を高める効果が期待できます。

他にも、産後の肥立ち(出産後の体力回復)に昔から用いられてきた経緯があります。出産で大量の血液を失い体力を消耗した産婦さんに、十全大補湯で気血を補い、産後の疲労回復や母乳の出を改善するといった目的です。ただし、産後すぐは子宮の回復過程でもあるため、十全大補湯に含まれる芍薬(しゃくやく)の作用を考慮し、後産(悪露)がひと段落してから用いるなど注意が必要です。

さらに近年では、慢性的な皮膚疾患にも応用されています。アトピー性皮膚炎などで体質的に虚弱(体力が低下しがち)な方に対し、十全大補湯で基礎体力を上げることで皮膚のバリア機能を高め、症状の改善を図るケースがあります。実際に、虚弱体質のアトピー患者さんで皮膚のかゆみや炎症が和らいだ例も報告されています。このように十全大補湯は「内側から体調を整えることで症状を和らげる」漢方治療として、皮膚科領域や慢性疾患のケアでも活用されているのです。

同様の症状に使われる漢方薬との使い分け

十全大補湯と同じように「疲労しやすい」「体力が落ちている」といった症状に使われる漢方薬はいくつか存在します。それぞれ得意分野が微妙に異なり、患者さんの状態に合わせて使い分けが行われます。ここでは代表的な処方を3~5種ほど挙げ、十全大補湯(48)との違いを解説します。

補中益気湯(41)との使い分け

補中益気湯(41)(ほちゅうえっきとう)は十全大補湯と並ぶ有名な「補剤」です。どちらも気を補って疲労倦怠感を改善する効果がありますが、補中益気湯は「気」を補うことに重点を置いた処方です。補中益気湯には人参や黄耆などの補気薬が入りますが、十全大補湯に含まれるような直接の補血薬(血を補う生薬)は当帰以外あまり含まれていません。そのため貧血症状が目立つ場合や血色不良・皮膚の乾燥を伴うようなケースでは、十全大補湯の方が適しています。
一方で、胃腸が極端に弱くて食欲不振が強い場合や日中からだるくて臥せってしまうような場合(いわゆる気虚による下垂傾向)には、補中益気湯の方が向くことが多いです。例えば「少し風邪をこじらせて体がだるい」という程度であれば補中益気湯を、「抗がん剤治療中でひどく消耗してだるい」ときは十全大補湯を、と使い分けることがあります。

人参養栄湯(108)との使い分け

人参養栄湯(108)(にんじんようえいとう)は、その名に「養栄(養い育てる)」とある通り、人参を主薬として全身の栄養状態を改善する漢方薬です。実は処方構成が十全大補湯と非常に似ており、配合生薬10種のうち8~9種は共通しています。効能効果の面でも十全大補湯とほぼ同じく、病後・術後の体力低下や貧血、冷え、寝汗などに用いられる「気血両補」の処方です。では何が違うかというと、人参養栄湯には陳皮(ちんぴ)遠志(おんじ)五味子(ごみし)といった生薬が加わり、逆に十全大補湯に含まれる川芎が入っていません。この違いから、人参養栄湯は咳込みやすい、痰が出やすいといった呼吸器症状を伴う虚弱に向くとされています。遠志や五味子は呼吸器や神経系にも作用するため、虚弱なうえに咳や不眠(神経症状)がある場合は人参養栄湯を選ぶことが多いです。逆に血行不良による冷えや痛みがある場合には川芎を含む十全大補湯が適しています。このように両者は非常に似ていますが、咳などの症状の有無で使い分けるのが一つの目安です。

六君子湯(43)との使い分け

六君子湯(43)(りっくんしとう)は、胃腸の機能低下に伴う倦怠感や食欲不振に用いられる漢方薬です。人参・白朮・茯苓・甘草の「四君子湯」に陳皮と半夏を加えた処方で、主に消化機能を立て直すことで全身のだるさを改善します。六君子湯と十全大補湯の共通点は「気を補う生薬(人参や白朮など)が入っている」「胃腸虚弱な人の体力増強に用いる」点ですが、六君子湯には補血の生薬が含まれないため貧血改善効果は期待できません。したがって、「疲れやすいけれど貧血はない」という比較的軽度の虚弱食欲不振・胃もたれが主症状の場合に六君子湯(43)が処方され、「明らかな貧血や冷えを伴う全身倦怠」には十全大補湯が選ばれることになります。六君子湯の方が味や匂いも穏やかで飲みやすいため、高齢者で食の細い方の入門的な補剤として用い、効果不十分な場合に十全大補湯へ切り替えるといった段階的な使い分けをするケースもあります。

八味地黄丸(7)との使い分け

八味地黄丸(7)(はちみじおうがん)は、十全大補湯と同じく古くから滋養強壮に用いられる漢方薬ですが、そのアプローチが異なります。八味地黄丸は腎を補う処方で、腰痛、頻尿、四肢の冷えなど下半身の冷えや衰えを伴う腎陽虚(じんようきょ)の体質に適します。高齢者で冷えが強く、足腰が弱っている方には八味地黄丸が第一選択となることが多いです。一方、十全大補湯は腎というより脾胃(消化器)と心血を補う処方で、全身の疲労感や血色不良を伴う場合に適します。例えば同じ「高齢で体力が落ちた方」でも、足腰の冷えや膝痛が主なら八味地黄丸(7)、食欲不振や貧血気味なら十全大補湯(48)という風に使い分けます。両方の要素がある場合には、症状の強い方に合わせて選択したり、場合によっては併用や加減処方(医師が処方を組み合わせること)で対応することもあります。

副作用や証が合わない場合の症状

漢方薬とはいえ、十全大補湯にも副作用が発生することがあります。特に重要なのは偽アルドステロン症と呼ばれる副作用です。これは甘草(カンゾウ)という生薬に含まれるグリチルリチンの影響で、血圧上昇、むくみ、低カリウム血症などを引き起こすものです。症状が進行すると筋力低下や手足のしびれ(ミオパチー)を生じることもあり、重篤な場合は歩行困難や麻痺に至る危険もあります。そのため、長期間服用する場合や高齢の方ではとくに注意が必要で、定期的に血液検査で電解質バランスを確認することがあります。

他の副作用としては、肝機能障害(まれにAST/ALTの上昇や黄疸が報告)や過敏症(発疹・かゆみなどのアレルギー症状)、消化器症状(食欲低下、腹部不快感、下痢など)が挙げられます。万一服用中に食欲不振の悪化、皮膚の発赤・かゆみ、著しい倦怠感の増悪など「いつもと違う不調」を感じた場合は、すみやかに医師に相談してください。

また、証(しょう)が合わない場合には薬効が得られないばかりか、かえって不調を招くことがあります。十全大補湯は「虚証」向けの薬ですので、例えば実証(体力が充実し熱感があるタイプ)の人が飲むと、のぼせやほてりが出たり、胃もたれやニキビ・吹き出物が悪化する可能性があります。
逆に虚証でも水毒(余分な水分が滞った状態)の強い人では、十全大補湯に含まれる地黄などの滋養強壮薬が重すぎて胃がもたれることもあります。そのため専門家は脈や舌、腹部所見などから総合的に証を判断した上で処方を決定します。もし処方された十全大補湯を服用して「どうも自分には合っていない気がする」と感じる症状が出た場合も、自己判断で中止せず、まずは処方医に相談してみてください。証に応じて他の漢方薬へ変更したり、用量を調整することで改善するケースもあります。

併用禁忌・併用注意の薬剤

十全大補湯は多くの場合、他の医薬品と安全に併用できますが、いくつか注意すべき薬剤や組み合わせがあります。

まず、前述の偽アルドステロン症予防の観点から、利尿剤との併用には注意が必要です。フロセミドやヒドロクロロチアジドなどの利尿薬はカリウムを排泄しやすく、十全大補湯の甘草による低カリウム作用と相乗的に働くと、重篤な低カリウム血症を招く恐れがあります。利尿剤を服用中の方に十全大補湯を処方する場合は、医師は血中カリウム値の経過に十分留意します。同様に、ステロイド剤(プレドニゾロンなど)も電解質バランスに影響するため併用注意です。ステロイドと甘草の組み合わせで低カリウムによる筋力低下が起こりやすくなるとの報告もあり、必要に応じて代替処方の検討やモニタリングを行います。

また、強心配糖体(ジギタリス製剤)をお使いの方も注意が必要です。甘草による低カリウム血症はジギタリス製剤の副作用(不整脈など)を増強する可能性があるためです。万一この組み合わせで服用する場合は、医師の監視下で慎重に行われます。

ワルファリン等の抗凝固薬との併用にも留意します。十全大補湯に含まれる当帰(とうき)や桂皮(けいひ)にはわずかながら抗凝固作用(血液をサラサラにする作用)があるとされており、ワルファリンの効果を増強する可能性があります。臨床上大きな問題になることはまれですが、必要に応じてPT-INR値のチェック頻度を上げるなどの対応が取られます。

そのほか、同じ甘草含有の漢方薬やサプリメント類との重複にも気をつけます。例えば他の漢方処方(例:五苓散(17)など)やグリチルリチン含有のかぜ薬などを既に服用中の場合、追加で十全大補湯を飲むと甘草の摂取量が増え、副作用リスクが高まります。医師や薬剤師には現在服用している薬剤・健康食品をすべて伝え、問題ないか確認してもらいましょう。

十全大補湯を構成する生薬とその役割

十全大補湯(48)には10種類の生薬が組み合わさっており、それぞれが役割を持っています。古来、「四君子湯」(人参・白朮・茯苓・甘草)という気を補う処方と、「四物湯」(当帰・芍薬・地黄・川芎)という血を補う処方を合わせたものが「八珍湯(はっちんとう)」と呼ばれ、滋養強壮に用いられてきました。十全大補湯はまさにこの八珍湯に黄耆桂皮を加えた処方で、気・血だけでなく陽気(温める力)も補うよう工夫されています。以下に各生薬の簡単な働きを示します。

  • 黄耆(おうぎ):エネルギーを補い、免疫力を高めます。肌表面のバリア機能を高めて汗の漏れすぎ(寝汗など)を抑える作用もあります。
  • 桂皮(けいひ):シナモンの樹皮。身体を温めて冷えを改善し、血行を良くします。十全大補湯では陽気を補い、他の生薬の巡りを助ける役割です。
  • 地黄(じおう):アカヤジオウの根(熟地黄)。血を補い、身体に潤いを与えます。造血機能を高め、乾燥やほてりを緩和します。
  • 芍薬(しゃくやく):シャクヤクの根。血を補い、筋肉のこわばりや痛みを和らげます。鎮痙や鎮痛作用があり、虚弱な人の筋肉痛や腹痛の改善に寄与します。
  • 蒼朮(そうじゅつ):ホソバオケラの根茎。脾胃(消化器系)を元気にして水分代謝を調整します。食欲不振やむくみを改善し、他の滋養薬が消化吸収されやすいよう助けます。
  • 川芎(せんきゅう):センキュウ(ハマゼリ)の根茎。血行を促進し、瘀血(血の滞り)を散らします。頭痛や冷えによる痛みを緩和し、補血薬と組み合わせて血の巡り全体を良くします。
  • 当帰(とうき):トウキの根。女性の養生薬として有名で、血を補いつつ血行も促すという両面の作用があります。貧血を改善し、冷えや痛み、乾燥肌を改善します。
  • 人参(にんじん):高麗人参の根。非常に代表的な補気薬で、気力・体力を強力に増強します。消化吸収を助け、全身の臓器機能を底上げする働きがあります。
  • 茯苓(ぶくりょう):マツホドというキノコ由来の生薬。胃腸の働きを助けて余分な水分を排出します。精神を安定させる効果もあり、不眠や動悸の緩和にも寄与します。
  • 甘草(かんぞう):カンゾウの根。潤いを与えつつ炎症を鎮め、他の生薬の調和を図ります。「国老」とも呼ばれ、処方全体のバランスを整え副作用を和らげる縁の下の力持ちです。

以上のように、十全大補湯は「気を補うグループ」+「血を補うグループ」+「気血の巡りを助ける生薬」で構成されています。いわば総合栄養強壮剤のような処方で、虚弱な体を立て直すために計算された組み合わせと言えるでしょう。単に栄養を与えるだけでなく、巡りを良くしてそれを全身に行き渡らせる点が漢方らしい工夫です。

十全大補湯にまつわる豆知識

●歴史的な由来:十全大補湯は中国の宋代に編纂された処方集『太平恵民和剤局方(たいへいけいみんわざいきょくほう)』に記載された古典処方です。宋の皇帝が全国から名方(優れた薬方)を集めさせたと言われ、その中で「虚弱な者をあらゆる面から大いに補う処方」として十全大補湯がまとめられました。その名が示す通り、「十全(完璧)に補う」効能が期待されたわけです。日本でも江戸時代以降、蘭方医学(西洋医学)が入る前から虚弱体質の改善薬として広く用いられ、多くの漢方医がその効果を記録に残しています。

●薬膳や健康食として:十全大補湯は薬としてだけでなく、東アジアでは薬膳スープの素材としても知られます。中国や台湾では、十全大補湯の生薬セットを鶏肉や骨付き肉と一緒に煮込んだ「十全大補スープ」が滋養料理として親しまれています。産後の女性の回復食や、冬場の体力維持のスープとして家庭でも作られることがあります。生薬の香りが肉の旨味と合わさり、ほのかに甘くスパイシーな風味のスープになります。桂皮や当帰の香りが苦手という方もいらっしゃいますが、逆に「いかにも効きそう」と好んで飲む方もいるようです。

●味や香りの特徴:十全大補湯の煎じ薬は、色は濃い褐色で独特の香りがあります。甘草や桂皮が入っているため味は甘みのある漢方薬ですが、同時に当帰や川芎の薬草臭さ、地黄の独特のコクも感じられます。市販のエキス顆粒剤でも少し薬草の香りがしますが、お湯に溶かすとシナモンのような甘い香りが立ち上ります。飲みにくいほどの苦味はなく、漢方初めての方でも比較的受け入れやすい部類と言えるでしょう。ただし、人によっては地黄の匂い(「土っぽい匂い」と表現されることがあります)が気になる場合もあります。どうしても飲みにくいときは、白湯の量を増やして薄めたり、少量のハチミツを加えるなどの工夫で服用することもできます。

●製剤と入手方法:十全大補湯は医療用としてはツムラやクラシエからエキス顆粒剤が発売されており、病院や漢方外来で処方箋医薬品として入手できます。またクラシエの製品は一般用医薬品(第2類医薬品)としてドラッグストアでも購入可能です(「十全大補湯エキス錠クラシエ」など)。ただし市販薬は医療用に比べて1日量が少なめに設定されていることが多く、自己判断で長期連用するのは避け、体調の変化に注意しながら使用してください。どちらにせよ、専門家の指導のもとで適切に利用するのがおすすめです。

まとめ

当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。

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