大柴胡湯の効果・適応症
大柴胡湯(8)は、比較的体力が充実してがっしりとした体格の方向けの漢方薬です。典型的な「証」(しょう)として、便秘がちでみぞおちから脇にかけて張って苦しい感じ(漢方で「胸脇苦満〈きょうきょうくまん〉」と呼びます)がみられるのが特徴です。このような体質の方に対し、大柴胡湯は胃腸や肝臓の炎症をしずめ、消化機能を整えて便通を促す効果があります。
そのため、胃炎や胆石・胆のう炎など消化器系の炎症による症状に用いられるほか、高血圧や肥満に伴う肩こり・頭痛、慢性的な便秘などにも応用されます。さらに体質が合えば、蕁麻疹(じんましん)や神経症、不眠などストレスが関与する症状がみられる場合にも処方されることがあります。
よくある疾患への効果
大柴胡湯は現代のいくつかの身近な病態に対しても、体質が合致すれば有用です。代表的なものについて効果の特徴を説明します。
脂肪肝: 大柴胡湯は肝臓の炎症を抑え代謝を改善する作用が期待でき、脂肪肝の改善に用いられることがあります。近年の研究でも、肝臓の脂肪蓄積を減らし肝機能を改善する可能性が報告されており、生活習慣による肝機能障害の漢方治療として注目されています。
便秘: 大柴胡湯には腸の動きを促す生薬(特に大黄など)が含まれており、便秘そのものを改善する効果があります。頑固な便秘でお腹にガスや膨満感がある場合に、排便を促すことで腹部の張りや不快感を和らげます。ただし下剤成分が入っているため、下痢のときには使用しません。
肥満傾向: 体格が大きく脂肪がつきやすい方で便秘やのぼせを伴う場合、大柴胡湯が効果を発揮することがあります。腸の働きを活発にし老廃物の排出を助けることで、新陳代謝を高めたり余分な水分・熱をさまして体重減少につながる場合もあります。いわゆるメタボリックシンドロームの体質改善を目的に処方されることもあります。
高血圧: 大柴胡湯そのものに直接血圧を下げる薬理作用があるわけではありません。しかし、肩こりや頭重感など高血圧に伴う不調を改善し、便通を整えることで結果的に血圧のコントロールを助けることがあります。ストレスや肥満によって血圧が上がりやすい実証傾向の方に用いると、イライラの軽減や体重減少を通じて高血圧の症状改善につながるケースも報告されています。
同様の症状に使われる漢方薬との使い分け
大柴胡湯と似た症状に対して処方される漢方薬がいくつかあり、患者さんの体質や訴えに応じて使い分けが行われます。以下に代表的な処方を挙げ、その違いを解説します。
- 小柴胡湯(9): 大柴胡湯と同じ柴胡という生薬を中心とした処方ですが、便秘をするほどの強い腹部の張りがない場合に用いられます。体力中等度までの人に適し、胃腸炎や肝炎など慢性的な炎症の改善によく使われます。大柴胡湯に含まれる大黄・枳実が入っておらず、その代わりに人参や甘草が加わっているため、体力を補いながら炎症を和らげる穏やかな処方になっています。
- 四逆散(35): 柴胡、芍薬、枳実、甘草からなる処方で、主にストレスによる肝機能や消化機能の不調を改善する漢方薬です。イライラや胸脇部の張りを和らげる効果がありますが、強い便秘傾向がない場合に選ばれます。手足が冷えるのに上半身はほてるような状態(四逆)や情緒不安定など、気の滞りによる症状に対して用いられ、大柴胡湯よりもマイルドな調整作用の処方です。
- 桃核承気湯(61): 便秘に加えて下腹部の血行不良(瘀血〈おけつ〉)がある場合に用いられる処方です。例えば顔色が暗く、女性で月経不順や月経痛を伴う場合や、痔によるうっ血がある場合などに適しています。大柴胡湯と同様に大黄と枳実を含み便通を促しますが、桃核(桃の種)や桂枝など血の巡りを良くする生薬が含まれており、停滞した「血」を動かすことに重点を置いた処方になっています。
- 防風通聖散(62): 肥満症に広く用いられる有名な処方です。大柴胡湯より多くの生薬を配合し、発汗と排便の両面から体内の余分な熱や水分を排出する作用が強いのが特徴です。特に腹部肥満が著しく、便秘傾向に加えてのぼせや皮膚の吹き出物を伴うような実証の方に適します。即効性がありダイエット目的で市販薬として使われることもありますが、構成生薬(麻黄など)の刺激が強いため、心臓が弱い方や高齢者には慎重に用いる必要があります。
副作用や「証」が合わない場合の症状
漢方薬であっても体質に合った適切な用い方をしなければ、副作用が生じる可能性があります。大柴胡湯でも、報告されている副作用として食欲不振、腹痛、下痢などがあります。また、まれにですが重篤な副作用として間質性肺炎や肝機能障害が起こることが知られています。間質性肺炎とは肺の間質(肺の組織)が炎症を起こす疾患で、長引く空せきや階段を上ったときの息切れ、発熱などが初期症状です。大柴胡湯を服用中にこのような症状が現れた場合は、すぐに服用を中止し医療機関を受診してください。同様に、全身のだるさや皮膚・白目の黄染(黄疸)が出た場合も肝機能障害の可能性があるため注意が必要です。
大柴胡湯は実証向けの強めの処方ですので、もし体質的に合わない方(例:胃腸が弱く下痢しやすい方、著しく体力が低下している方など)に使うと、かえって体調を崩すことがあります。証に合わない場合には、腹痛や下痢が悪化したり極度の疲労感が出ることもあります。「この漢方薬は合わないかも」と感じたら、早めに医師に相談することが大切です。
併用禁忌・併用注意の薬剤
併用を避けるべき薬剤(禁忌)
大柴胡湯を服用している間は、他の下剤(便秘薬)との併用は避けてください。大黄など瀉下作用を持つ生薬が含まれているため、市販の便秘薬や医師から処方された下剤と一緒に服用すると下痢や脱水、電解質異常を起こすリスクがあります。特にセンナやピコスルファートなどの刺激性下剤との併用は厳禁です。
併用に注意が必要な薬剤
インターフェロン製剤など免疫作用に関わる治療薬を服用中の場合は注意が必要です。小柴胡湯をインターフェロンと併用した患者さんで間質性肺炎の副作用が報告されたことから、柴胡を含む大柴胡湯でも同様に慎重な評価が求められます。
また、利尿薬やコルチコステロイド剤など体内の電解質バランスに影響を与える薬剤を服用中の場合、大柴胡湯による下痢でカリウム喪失が起こると副作用(筋力低下や不整脈)が出やすくなることがあります。持病でお薬を飲まれている方は、漢方薬を併用してよいか必ず主治医や薬剤師に相談してください。
含まれている生薬の組み合わせとその理由
大柴胡湯は、全部で8種類の生薬から構成されています。それぞれの生薬には役割があり、組み合わせることで症状を総合的に改善します。
- 柴胡(さいこ):最大量含まれる主薬で、体の中の「熱」と「気(エネルギー)」の停滞を発散させる作用があります。とくに胸や脇腹の張り感を取るのに重要な生薬です(小柴胡湯にも共通)。
- 黄芩(おうごん):苦味のある生薬で、柴胡とともに体内の余分な熱(炎症)を冷まし解毒する作用があります。肝・胆道系の炎症を鎮め、ほてりやのぼせを改善します。
- 半夏(はんげ):胃腸内の水分バランスを調整し、吐き気を抑える生薬です。胃もたれや嘔気を改善し、柴胡で発散した邪気が逆流しないよう支えます。
- 生姜(しょうきょう):身体を温め胃腸を整える生薬です。半夏とセットで用いることで胃の機能を調和し、吐き気や膨満感を和らげる効果を高めます。また他の生薬の消化吸収を助ける役割もあります。
- 芍薬(しゃくやく):筋肉のこわばりや腹部の痛みを和らげる鎮痙作用があります。お腹の張りに伴う腹痛や疝痛を緩和し、柴胡や大黄など刺激のある生薬で消耗しがちな陰(潤い)を補います。
- 枳実(きじつ):橙の未熟果実で、胃腸の動きを活発にし滞った「気」を巡らせる働きがあります。お腹の張りや便通を改善する生薬で、大黄と組み合わせて腸内の停滞を排除します。
- 大黄(だいおう):緩下剤(下剤)として働く生薬です。腸を刺激して便通を促進し、体内の熱や老廃物を排出させます。少量でも作用が強力なため配合量は1.0gと少なめですが、枳実や芍薬との相乗効果で腹部の膨満・便秘を解消します。
- 大棗(たいそう):ナツメの実で、胃腸を保護し他の生薬の刺激を和らげる調和薬です。生姜とセットで配合されることが多く、胃を温めつつ全体のバランスをとる役割があります。甘みがあり、苦い生薬の飲みにくさを軽減する効果もあります。
大柴胡湯にまつわる豆知識
大柴胡湯という名前は、同じ柴胡を主薬とする小柴胡湯(ツムラ9番)との対比で名付けられています。小柴胡湯が比較的マイルドな処方であるのに対し、大柴胡湯は大黄や枳実を加えた「大きな(強い)柴胡湯」であり、より頑固な症状や体力のある人向けに作られました。
この処方の出典は中国の古典である『傷寒論』および『金匱要略』で、今から約1800年前の漢代の医書に記載されています。編纂者である張仲景(ちょうちゅうけい)は当時の疫病の治療法を体系化し、大柴胡湯もその一つとして登場しました。日本には漢方医学の伝来とともに知られるようになり、江戸時代の医師もこの方剤を用いて熱証(ねっしょう)による病気の治療を行っていた記録があります。
煎じた大柴胡湯は非常に苦い味がすることで知られます。黄芩や大黄など苦味成分を多く含む生薬が主体のためで、古典では「服して嘔せず」といった記載(飲んでも吐き戻さないこと)があるほどです。現在はツムラなどから飲みやすい顆粒剤が出ていますが、それでも多少の苦みは感じるでしょう。ただしこの苦味成分こそが炎症を鎮める働きを持つため、「良薬口に苦し」の典型とも言えます。
大柴胡湯は現代の医学研究でも注目されています。例えば、日本の研究で肥満や糖尿病をもつ高血圧モデルのマウスに大柴胡湯を投与したところ、体重増加の抑制や肝臓の脂肪沈着の改善がみられたとの報告があります。腸内細菌叢(さいきんそう)への作用を通じて代謝を改善する可能性が示唆されており、伝統的に言われてきた効能が科学的にも裏付けられつつあります。
まとめ
当クリニックでは患者様の症状や体質(証)をじっくりと伺い、一人ひとりに合った漢方薬をご提案しています。証の判断・漢方薬の選択に悩む場合は長崎クリニック浜町漢方外来までぜひご相談ください。